日本の学生の就職「超」氷河期は永久に続く

2010年09月09日 01:56

9月になってもまだ就職先が決まらない大学生の数が、卒業予定者数の3割を超え今年は過去最高になるようである。2008年の金融危機で大幅に落ち込んだ日本の大企業の業績は今年になって軒並み回復したが、日本の新卒にとってのきびしい状況は一向に変わっていない。しかし日本の大企業が採用数を減らしているかというとそうではない。今や日本の大企業は海外で外国人を積極的に採用しているのだ。筆者はこの傾向は今後も変わらないと考えているし、また日本の企業が積極的に海外採用することはすばらしいことだとも思っている。今後は市場が縮小していく日本に留まっていても企業は高収益をあげることはできない。そこで日本企業はいちはやくグローバル化し、熾烈なアジア市場のなかでの競争を勝ち残っていかなければいけないのだが、それには優秀な若いアジア人を雇い彼らの力を最大限に活用していかなければいけないのだ。


楽天ユニクロなどは社内公用語を英語に切り替えて、積極的に海外展開しようとしている。パナソニックは2011年春の採用を前年比で1割増やして1400人程度を採用するそうだが、国内採用はむしろ減らして300人程度、海外採用を大幅に増やして1100人程度にする予定である。

このように企業が積極的に海外採用を増やしている背景にはいろいろな理由がある。まず第一に中国をはじめとする高成長を続けるアジア市場でビジネスを成功させることができるかどうかで、日本企業の将来が決まってくるという切実な問題がある。アジア市場でビジネスをするのに、勝手のわからない日本人をアジアに転勤させるよりも、現地で優秀な人材を雇ったほうがはるかに成功する確率はあがるだろう。

第二に日本国政府の「政府の失敗」がある。それはアジア諸国と比べて極めて高い日本の法人税、高額所得者である経営層に対して懲罰的な所得税などに見られる税制の失敗。きびしすぎる解雇規制などにより、企業が日本では社員を雇いにくくなっている、政府による労働政策の失敗。こういった度重なる政府の失敗が、日本企業が日本での採用をためらい、積極的に海外での採用数を増やすことを後押ししていることは、他の多くの識者と同様に筆者も何度も指摘してきた。

しかし実は第三の理由がある。それはそもそも日本の学生に魅力がないのだ。日本人は大学入試まではかなり勉強するし、実際18歳時点での日本人は諸外国と比べても相当に知的能力が高いと思われる。しかしその後は、ほとんどの日本人は全く知的訓練を受けることなく大学で無為に何年も過ごすことになる。とりわけ文系学部の大学教育は目を覆いたくなるほどひどい状況だ。筆者も日本のいわゆる一流大学の学生を面接することがよくあるのだが、たとえば経済学部の学生に基本的な経済に関する質問をしてみてもほとんどの学生が満足に答えることができない。

多くの学生は楽勝科目を選択して卒業単位を稼ぎ、必修科目についても要領よく過去問のコピーなどを集め、試験に出そうなところを一夜漬けで暗記して本質的な部分を理解することなく単位を取得しているのだろう。ほとんどの大学生にとって大学の授業や試験は無駄なものであり、卒業証書を貰うための必要悪でしかない。無駄なものなのだから最小の努力でクリアしようとするのが合理的な行動なのである。

高校卒業までの日本の教育が諸外国と比較してもまともなのは、大学入試というわかりやすい評価軸があるからだろう。一流大学に何人合格させられるかを、日本の高校も予備校も競っている。このような明確なモノサシがあるために、自然と学校側に競争原理が働き、規律が守られているのであろう。もちろんこのモノサシが本当に日本の教育にとっていいことなのか悪いことなのかという議論はとりあえず脇に置いておくとしてだ。いずれにしてもわかりやすい定量的な評価があるおかげで、学生側も学校側もがんばらざるをえないのだ。大学に入学するまでは。

一方で日本の大学の教育が貧しいのは、そもそも出口である企業側が大学教育に何も求めてこなかったことの当然の結果なのだ。大学で勉強しても、それが就職で有利にならないのだったら、いったい誰が無駄な勉強などするのだろうか。日本の企業は、むしろまっさらな学生を採用して、自社の社内教育で鍛えていくことを好んでいた。だから大学の成績などまるで気にしていなかったのだ。

しかしここ数年、こういった日本の企業の考え方が急速に変わってきた。日本の企業に長い時間をかけて社内で新人を教育する体力がなくなってきたこともあるし、グローバル化の流れの中で社内教育に多大なコストをかけた日本人を海外に転勤させるのではなく、現地で最初から優秀な人材を採用したほうが効率がいいことがわかってきたからだ。日本の企業もどんどん多国籍企業になろうとしているのだ。その結果、日本の学生は突然のようにアジアの優秀なハングリー精神あふれる学生と競争させられることになった。

一昔前は一流大学に入学しさえすればそれなりの企業に就職できたし、大学での勉強はあまり重要ではなかった。しかしここ数年の間に出口の部分が大きく変わった。知的能力に乏しい日本の学生に、日本の企業は突然のようにノーを突きつけるようになったのだ。この傾向は今後も変わらないだろうし、アジアの学生との競争はますますはげしくなっていくだろう。また日本の大企業は海外採用を増やし、外国人を上手く組織に組み込むノウハウを蓄積していくだろう。要するに、日本の学生の就職氷河期というのは景気の悪化による一時的なものではなく、今後も恒常的に続いていくものなのだ。日本の学生の就職「超」氷河期は終わらないのだ。

しかし長い目で見れば、日本の学生が就職できないというのは日本にとっていいことかもしれない。大学教育の出口の部分が変わったことによって、大学生が知的訓練を積むことにより真剣になるし、大学側もよりよい教育機会を提供するという競争にさらされるからだ。そういう意味で今の大学教育は今後の大きな変化の前の過渡期なのかもしれない。筆者は日本の大学教育がよい方向に変わっていくことを切に願っている。

参考資料
内定率まだ7割弱…大卒の就職戦線“超氷河期” 産経ニュース
日本企業の英語公用語化について、金融日記
日本企業の新常識「国内採用抑制、海外採用増」 大前研一
祝・新卒バブルの崩壊、城繁幸

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