手厚いセーフティーネットは必要か?

2010年09月23日 00:02

多くの経済学者が反市場的な政策をかかげる民主党政権を批判している。筆者もそのひとりだ。筆者は貨幣を媒介とする市場経済というのは、人類が生み出した様々な仕組みの中でも、もっともすぐれたもののうちのひとつだと常々思っている。このことは、悲惨な破滅をむかえた社会主義国家の歴史や、精緻な経済理論を持ち出すまでもなく、日常生活の中で毎日観察できる。競争的な市場の中で生み出されるモノやサービスは常によくなり、そして安くなる。民間企業の創意工夫のおかげだ。一方で政府が生み出すモノやサービスは「お役所仕事」という言葉からもわかるように、非効率の代名詞だ。もちろん警察や国防、環境問題の解決などのように市場だけではうまくいかないことがあることも明らかなのだが。


経済学的にも市場を重視するというのは圧倒的な主流派で、多くの経済学者の提案する政策パッケージは競争的な市場とセーフティネットを組合わせたものだ。もちろん競争的な市場というのは既得権益者にとって不都合なことが多々あり、自分たちの特権的な利益を守るために競争を取り除こうとあの手この手をつくして政治家に必死に働きかける。その結果、多くの経済学者が提案する標準的な政策パッケージが完全な形で導入されることはほとんどなくなってしまう。残念ながらこれら既得権益者の特権的な利益は、多くの国民の薄くて広い損失からきているのだけれど。特に日本では、多くの知識人やマスコミの間でも経済学的な考え方が根付いておらず、そもそも「理想論」としては市場経済を目指さなければいけないという当たり前のことでさえ共有されていないようである。

筆者は市場重視に関しては巷にあふれる標準的な経済学者の考え方に大いに賛同するが、一方でセーフティネットの方に関してはそれほど楽観的ではない。経済学者は最低賃金の規制やきびしい解雇規制は労働市場の柔軟性、流動性を毀損し、かえって失業率アップにつながり、失業者や非正規社員のような弱い立場の人達にしわ寄せがいくと主張する。それは全くそのとおりである。そこで解雇規制を緩和したり、つぶれそうな企業を国が保護することをやめて、労働力が円滑に衰退産業から成長産業へ移動するようにする必要がある。その際に失業者の一時的な痛みをやわらげるためのセーフティーネットを構築する必要がある。特に最近はベーシックインカムのように、国民全てに最低限の生活費を無条件で配るという政策まで議論されている。またヨーロッパの一部の福祉国家のように、何年間も失業給付金を支払い続けるという議論もある。しかし本当にそれほど手厚いセーフティーネットは必要なのだろうか?

結論からいうと筆者はベーシックインカムをはじめとする行き過ぎたセーフティネットには反対である。というのも資本主義、自由市場経済のなかで社会をどんどん発展させていくドライビング・フォースが、実は競争の結果による貧富の格差そのものであると考えるからである。市場に中では競争の勝者が賞賛を浴びる一方で、敗者は惨めな思いをすることになる。それゆえに人々は少しでも勝者になる確率を高めようと必死に努力するし、自分の才能を最大限に発揮できる分野を必死に探すのである。こういった人々の向上心が数々のイノベーションを引き起こし、数多の世界的な企業を創りだしてきたのである。セーフティネットがあれば失敗しても大丈夫というのは聞こえはいいが、これでは市場経済のドライビング・フォースを弱めてしまうのではないか。資本主義、市場経済というのがこれほど成功したのも、そこでの勝者に豊かさを、敗者に貧しさを与え続け、人々を絶えず競争に駆り立ててきたからだ。つまり人々の豊かさへの欲望と貧しさへの恐怖という市場を動かすパワフルなエンジンと、失敗しても大丈夫というセーフティネットという考え方は、根本的に矛盾しているのだ。

確かにビジネスで失敗した者が食べることに困るほど困窮してしまっては問題だろう。自分や自分の家族が餓死するとなったら、犯罪行為に走る他ない。しかし現状では日本で餓死したという人はほとんど聞いたことがない。すでにこのレベルのセーフティネットは日本では十分に機能しているのだ。また失業保険もあり、現状では会社やお役所に雇われている人達には十分すぎるセーフティネットが日本には整備されているといえる。

こういったセーフティネットの外に置かれてしまっている人たちは、そもそも職がなく、またお金もない人々だ。日本の司法というのはどういうわけか一旦既得権を握った者の権利は大いに保護するのだが、何も既得権を持っていない人をまるで存在しないかのように扱う。正社員はそもそも解雇できないし、例え解雇されたとしても様々な金銭的な保証を受け取るのだが、そもそも就職できなかった人には何の援助もない。こういった失業者にとって本当に必要な措置は何だろうか? それは解雇自由化のような大幅な労働市場の規制緩和だろう。既得権者を自由市場という競争の場に引きずりだし、新規参入者と自由に競争させることだ。つまりセーフィティネットではない。

筆者は日本というのは格差があまりになさすぎるのが大問題だと思っている。もっと健全な格差があっていい。そして格差というものは取り除かなければいけない悪いものではなく、社会を発展させる原動力であるというポジティブな受けとめ方をもっとするべきだと思う。

参考資料
競争と公平感―市場経済の本当のメリット、大竹文雄
セイヴィング キャピタリズム、ラグラム・ラジャン、ルイジ・ジンガレス
なぜ大金持ちや大成功した人達が時に社会主義者になるのか? 金融日記
意味のないオルタナティブな社会システムを模索するのはやめにしよう アゴラ

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