通信料金はどのようにして決まるのか?

2011年01月10日 09:00

12月28日付の日経新聞の5面に「携帯接続料を透明化 - 通話料下げ狙う」と題する大きな記事が掲載された。記事の内容には間違っているところはないが、通信事業についてよく知らない人がざっと読み流してしまうと、誤解する恐れが多分にある。従って、これを機会に、多くの人達に通信事業の特異性を認識し、通信料金がどういうメカニズムで決まるのかを正しく理解して頂く事は、「利用者の立場から、今後の通信行政を厳しく監視して頂く」為にも、極めて有意義だと思い、この長文の解説記事を書く事にした。


一般に、物の値段というものは、売り手が、自らのビジネスを存続・拡大させる為に、自ら考えて決める。競争に打ち勝つためには値段を下げねばならないが、下げすぎると利益が上がらず、事業を継続することが出来なくなる。「価格 X 販売量」が「収入」であり、これからコストを引いたものが「利益」になる。従って、一定の「利益」を確保するためには、価格を上げ、販売量を増やし、コストを下げることが必要だ。しかし、このバランスを見極めるのはそう簡単ではない。

価格を上げれば販売量は下がり、価格を下げれば販売量は上がる。販売量が上がれば、規模のメリットが出て、売上原価率(コスト)は下がるから、更に価格を下げることも出来、好循環に入る。しかし、自助努力によるコスト低減が十分でないと、「価格が下げられず、従って販売量も増えない」という悪循環に陥る。競争環境下にある業界では、各社が英知の限りを尽くしてこのバランスを考え、努力に努力を重ねて自らのビジネスの存続と拡大を計るのだが、こと志に反して脱落してしまうところも当然出てくる。

我々は、既に、この様な「自由競争のメカニズム」が、ユーザーが求める「品質と価格の最良のバランス」を実現するのにベストの方法である事を知っている。従って、ユーザーの利益を常に考えなければならない立場にある行政府は、多くの産業分野において「自由で公正な競争」の実現を第一義に考え、あとは市場原理に委ねる政策を取るのが当然だ。

通信事業もこの例外ではないが、他の産業とは若干異なるところがある。どの国でも、元々、通信事業は国営の独占事業として始まった。(アメリカだけが若干異なったが、圧倒的な力を持った民営のAT&Tが他国の国営企業と同じ様な役割を果たしたので、実質的な差はなかった。)しかし、近年になって、国が一定の条件で複数の事業者に免許を与え、各自業者間の「相互接続」が公正なルールに基づいてスムーズに行われることを担保する限りは、「複数の事業者間での自由競争が可能だし、それが望ましい」という考えが一般的になった。

但し、他の産業と異なり、新規事業者は、既に全国に施設を持って長年事業を運営してきた旧独占企業体に対して新たに競争を挑むのだから、「先行者メリット」と「規模の利益」に圧倒されて、殆ど競争にならないのが当然だ。その為、各国では、旧独占企業や先行企業にドミナント規制や様々な非対称規制をかけて、何とかして人工的に「まともな競争環境」を作りだそうと努力してきた。

例えば、英国では、携帯電話(移動体通信)免許を与える事業者を選定するに当たっては、独占的な固定通信事業者であった「BT」を外し、全くの新規事業者であった「Vodafone」と「O2」の2社だけに、「黄金周波数」と言われる900MHzの周波数を供与した。その8年後に、ドイツテレコム系の「T-Mobile」とフランステレコム系の「Orange」が1.8GHzの周波数を獲得、現在は4事業者がほぼ同程度の市場シェアで角逐しているが、後発2社が開業した1993年、1994年から2002年にわたる8-9年間は、「後発2社のみに直接販売が許され、先行2社にはこれが禁止される」という「強烈な非対称規制」が行われた。

中国でも、携帯通信の事業免許を受けたのは、新規事業体の「China Mobile」と「China Unicom」の2社だけで、固定通信事業をほぼ独占していた「中国電信(China Telecom)」が開業したのはやっと今年になってからだ。しかも、圧倒的な市場シェアを持つ「China Mobile」には、現時点で世界の主流になっている3G技術を使っての操業は認められておらず、中国国産技術のTD-SCDMAを使用することが義務付けられている。

韓国も同様で、固定通信で圧倒的な力を持つ「Korea Telecom(KT)」には携帯通信の免許は当初与えられず、新規参入の「SK Telecom」と「新世紀」のみが、800MHzの黄金周波数を与えられて事業者となった。「SK Telecom」は後に「新世紀」を吸収、1.7GHzの周波数を供与されて後に参入した「KTF(KTの子会社として生まれ最近KTと合併)」と「LGT」に対し、周波数格差をもつ唯一の事業者となったが、韓国政府は様々な「非対称規制」によって「SK Telecom」を牽制、新規参入者を支援しようと試みた。

たとえば、2004年1月に施行された「韓国版のMNP(番号を変えずに事業者を変えられる制度)」では、シェア第3位のLGTは、「最初の6ヶ月は転入のみで転出はなし、続く6ヶ月はKTFに対してのみ転出あり(SKに対しては引き続き転入のみ)」と決められ、第2位のKTFは、「最初の6ヶ月は、LGTに対しては転出のみ、SKに対しては転入のみ、続く6ヶ月は、SKに対しては引き続き転入のみだが、LGT に対しては、は転入・転出共にあり」と決められた。

さて、話が脇道にそれてしまったが、どの国でも、これらの施策によって、携帯(移動体)通信事業においてはほぼ健全な競争環境が整備されたと言える。しかし、固定通信の方はそうはなっていない。通信管路や各家庭への回線の繋ぎ込みは、新規参入者が既存事業者と競争するのを極めて困難にすることから、各国ともある程度の「自然独占状態」が続いている。

「自然独占状態」になりやすい分野では、多少の非対称規制を行っても、新規参入者がサービスを提供出来る地域は限られているので、多くの地域で競争環境は生じない。という事は、「競争に勝って販売量を上げる為に、料金を下げる」というメカニズムが働かないのだ。これを放置すれば、独占事業者にはコストを下げる努力をするというインセンティブさえ生じないので、料金は高止まりしてしまうのが当然だ。

これを若干でも防ぐ為には、監督官庁やその他の監視機関が独占企業体のコスト構造を審査し、「適正コストに適正利潤を加えたもの」を対顧客の料金にする様に指導するしかない。勿論、こんなやり方では、競争環境下におかれた各企業が切磋琢磨して行うような「激しい料金競争」は期待出来るわけもないが、それでも全てを独占企業体の恣意に委ねるよりはマシだろう。

話を「事業者間の接続料」の問題に戻そう。この問題は、元々は、固定通信で圧倒的な市場シェアを持っていたNTTに対して、「国内の新規事業者や外国の事業者が支払わねばならない『接続料』が高すぎる」という不満が、1990年代の中頃から高まったことから大きな議論になった。

諸外国では、「長期的な観点から、技術革新の要素も取り入れ、過剰設備や過剰雇用といった不効率性を完全に排除すること」を前提とした「LRIC(長期増分費用)方式と呼ばれる客観的な接続料の算定方式」が既に次々に導入されていたのに、当時の郵政省は単純にNTTの会計データ(歴史的原価)で接続料を認可していたので、これが大きな問題となったのだ。

現在は、固定通信でも携帯通信でも、各事業者はこのLRIC方式をベースとして接続料を計算しているから、その点では状況は随分良くなっているが、それでも、計算の根拠となっている各費目の詳細な数字が、接続料を払う側からの再三の要請にもかかわらず、「経営情報の秘匿」という理由で未だに公開されていないので、満足すべき状態には程遠い。

基本的な問題は、「競争環境にある市場では、各事業者がシェア拡大の為に競ってコストを下げ、これを値下げの原資にするのだが、接続料の算定においては、こういうインセンティブは働かず、コストは高く見積もった方が有利になるので、総務省が大いに介入していかないと、各事業者は何でもかんでもコストに算入する傾向がある」という事だ。(これは、日経新聞の記事でも指摘されている通りだ。)

しかし、その批判の対象となるべきは、主としてドコモとKDDIであり、ソフトバンクではない。1月28日の日経新聞に掲載されているグラフを見ると、2000年におけるソフトバンクとKDDIの接続料はほぼ同じであり、ドコモもこれより僅かに低いレベルに止まっているのに対し、2009年に至ると、ドコモとKDDIは相当低くなっているのに、ソフトバンクは下げ幅が少ない。これをもって、「市場シェアが25%に満たないソフトバンクは、算定根拠の詳細の開示義務がないので、他社のような努力がなされていないのだ」と思う人がいるかもしれないし、日経新聞もその様な書き方をしているが、これは全く誤っている。

そもそも、LRICの計算方式に各社が誠実に準拠したとしたら、2000年の時点で、「先行者メリット」と「黄金周波数保有メリット」の両方を持つドコモやKDDIの接続料が、後発のソフトバンク(当時はボーダフォン)と同程度である事はあり得ない。ボーダフォン(当時)の加入者当たりのコストは、ドコモやKDDIより相当高く、従ってこれをベースに計算される「接続料」も、相当高くて当然だったからだ。しかし、LRICの開発に深く関与した本場英国の会社であるボーダフォンが、LRICの精神に厳密に従った計算をしたのに対し、これに慣れていなかったドコモやKDDIは、「この辺でよかろう」という判断で算出したものと思われる。

その後の9年間で、ドコモとKDDIの算出方法は相当改善されたとは思うが、私の目から見れば未だに十分ではない。例えば、「営業コスト」等というものは、総務省も指摘するように、接続料の算定ベースとして使われるコストの中に入れるのは明らかに不適切であり、ボーダフォンの計算方式を踏襲したソフトバンクの場合はずっと以前から算入していないが、ドコモやKDDIは、2009年の時点では、なお算入している。今後、こういう要素を正常化していくと、例えばドコモとソフトバンクの接続料の差は、現状の「約28%」から更に増大する可能性がある。

因みに、諸外国での事業者間の接続料の差の最大値を比較してみると、周波数格差のある英国では「約111%」、韓国でも「約37%」である。欧州では、日本より差が少ないのは、事業者間に周波数格差が全く存在しないドイツの「約11%」だけであり、周波数格差のないフランスでも「約31%」、ベルギーは「約59%」、二社競合ながら先行したTelenorが60%のシェアを持つノルウェーでは、何と「約123%」にもなっている。

更に、日経新聞の記事では、「詳細な開示義務のあるNTTの固定電話の接続料に比べ、(携帯電話の接続料は)4倍近く高い」としているが、同じLRIC方式で計算すれば、「過去の歴史が比較にならないほど長く、償却が進んでいる固定電話」を携帯電話と比べると、この様になるのは当然であり、「約4倍」という数字はむしろ小さいと言える。

因みに、欧州各国の「携帯通信の接続料」の「固定通信の接続料」に対する倍率は、スエーデンで「50倍」、英国「38倍」、デンマーク「18倍」、イタリア「15倍」、ドイツ「10倍」、フランス「8倍」で、日本の「4倍」より低い国は何処にもない(2008年の数字)。要するに、日本の携帯電話の接続料は、少なくとも欧州に比べれば低い方であり、これに対し、NTTの固定通信の接続料は、未だ高止まりしているという事だ。

ところで、何はともあれ、ユーザーの最大の関心事は、「携帯電話の接続料が下がれば、ユーザー向けの通信料金は下がるのか」という事だと思うが、残念ながら、この問いに対する答はNOである。何故なら、接続料とは、ユーザーとは関係のない「事業者間の清算金額」に過ぎないからだ。(この様な事業者間の清算には「競争原理」は働かないので、こういう場合は、前述の如く、監督官庁が介入して、「『コスト+適正利潤』を料金算定の基礎とする」という基本ルールの履行を求めるしかない。)

もっと詳しく説明しよう。接続料は、「支払う分」があれば「受け取る分」もあり、「支払い金額」が減って嬉しいかといえば、「受け取り金額」も減って悲しくもあるので、結局は同じ事になる。

先にも述べた通り、対ユーザーの通信料というものは、コストさえ下がれば、各通信事業者は競争に勝つ為に何れにせよ下げてくる。しかし、接続料に関しては、そういう力学は働かない。そもそも、収支のバランスがコスト減に繋がらなければ、料金を下げる原資はどこからも得られず、結果として料金の低下にも繋がらないのだ。(日経新聞も、見出しとは裏腹に、記事の最後の方では若干この事にも触れている。)

成る程、接続料を払う一方で受け取ることがないMVNO事業者にとっては、これは良いことだ。しかし、MVNOについては一般的に過度の期待があるように思う。

もともとMVNOというものは、マーケティングのセンスのない巨大通信キャリアーの間隙を衝いて、「独特の商品・サービス企画」で勝負する自信のある会社が欧州で始めたものだが、その後各通信キャリアーが肌目細かいマーケティングをするようになったので、成功例はあまりなくなった。まして況や、今回の議論の対象である「接続料」は、電話に関するものであり、データ通信は関係ないので、MVNOがこれで利を得る事はあまりないだろう。

それでは、携帯接続料が押しなべて低減すると、得をするのは誰だろうか? それは疑いもなくNTTのような固定通信事業者だ。現在予測されているような携帯電話の接続料の低減が実現する一方で、固定通信の接続料には変化がなかったとしたら、NTT東・西とNTTコムには総額で54億円程度の増益がもたらされるという試算がある。(逆に言えば、携帯通信事業者側は、全事業社のトータルで見ると、収支が合うどころか、合計54億円のマイナスになる見込みだ。)

携帯の接続料の問題ばかりが注目されて、未だ十分でない固定接続料算出の計算根拠の開示が等閑にされては困るが、この増益分は、理屈としてはNTTの固定電話料低減の原資にはなる筈だから、NTT東・西に対しては、そのプレッシャーをかけて然るべきだ。

最後に、多くの人達が疑問に思っているかもしれない「開示義務に関する25%ルール」についての解説をさせて頂きたい。現在のルールが、何故25%で一線を画して、開示義務を厳しく追求するかどうかに差をつけているかといえば、私の解釈は下記の通りだ。

先ず、市場シェアが25%を切っている事業者(ソフトバンクはこの中に含まれる)は、この記事の最初の方で述べたように、「未だ国の支援を必要とする事業者」とみなされているという事だ。逆に言えば、市場シェアが25%以上になっている事業者には、「より厳しい開示義務」という一種の「非対称規制」を課しているとも言える。これは「非対称規制」と言うにはあまりにささやかなものではあるが、他国に比し日本では何故か「非対称規制」と呼ばれるものが殆どないので、「まあ、この程度はあっても良いのかな」とは思う。

次に、市場シェアが大きければ大きいほど、確率的に接続料収入の方が接続料支出より高くなる可能性が多いので、開示義務を厳しくするなどして監視体制を強くしておかねば、市場シェアの高い事業者ほど、接続料を高止まりさせる誘惑に駆られることが懸念されるからだ。

「ソフトバンクは常日頃から『開示義務』を強く主張しているのだから、求められなくても自ら計算根拠をどんどん開示していってはどうか」と言われる方もいるかもしれないが、私としては、ここでは、「世界標準のルールと総務省の指導には当然従う」という以上の事は言えない。

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