会社というタコ部屋

池田 信夫

きのう「学生がバカなことが就職難の原因」とつぶやいたら、賛否両論の大反響がありました。Togetterにもまとめられていますが、誤解をまねくといけないので、経済学の観点から簡単に整理しておきます。


学生がバカなのは今に始まったことではなく、JALは歴代の就職ランキングでトップでした。学生は企業の中身を知らないし専門能力もないので、世間的なイメージで選ぶしかない。企業も実質的に大学の偏差値でスクリーニングするので、あとはまじめで明るいといったイメージで選ぶしかない。要するに労使双方が「美人コンテスト」で相手を選んでいるので、情報の非対称性が大きい。

これによって起こるモラルハザードを防ぐ方法として、長期的関係による評判メカニズムがあります。たとえ無能な学生を採用しても、定年までまじめに働けば給料が上がり、怠けると窓際ポストで一生恥をさらすというペナルティは非常に大きい。そういう評判は会社の外ではわからないので、転職すればリセットできるのですが、これは中途採用が禁止的に困難だという退出障壁でブロックされています。拙著を引用すると、

こうした「やりなおしのきかない」採用システムと年功序列にもとづく賃金体系は,欧米型の専門職能を基準に考えると不合理に見えるが,企業特殊的な文脈的技能に対するインセンティヴとしてはうまく機能している.一生をかけて多面的な技能を蓄積してゆくシステムのもとでは特定の専門的技能にすぐれていることは大した意味を持たず,中途採用で専門家を採用すると,新技術の導入などによってその職種が不要になった場合に処遇がむずかしく,配置転換をめぐって労使問題をひき起こす要因となるからである.

この意味で,白紙の状態の新卒を採用して企業特殊的な技能を一から教えてゆく技能形成システムは,長期的・年功的な雇用慣行と不可分の強い補完性を持っている.ここでは労働者は「丁稚奉公」によって組織に対する初期投資(贈与)を強いられ,他の企業では役に立たない「会社人間」となるため,彼の企業特殊的な人的資本への投資は埋没費用となり,退出障壁はきわめて高くなるのである.

日本の会社が高度成長期にうまく行った原因は、このような長期雇用と退出障壁によって労働者を会社に閉じ込めるタコ部屋方式でインセンティブを保ち、労使紛争を防いだ点にあります。これは金融システムとも補完的で、資金不足で起債が困難だった時代にはメインバンクが企業をモニターできた。しかし労働市場や資本市場が競争的になると、こうした長期的関係の拘束力が弱まり、ガバナンスが崩壊してしまう。

これが現在の日本の置かれている状態です。いわば複数均衡の谷間にいるようなもので、臨界点を超えると一挙に新しい均衡に移行する可能性もあります。そのためには解雇規制の緩和や企業に依存した社会保障の中立化などの制度変更も必要ですが、決定的なのは人々の予想を変えることです。この点で、マスコミが沈没するのはいいニュースかもしれません。

コメント

  1. sdroid より:

    池田氏がネットやTVでこのような意見を述べ、活躍しているのを見ていて、今の日本が沈みゆく船のようになった、理由が分かる気がします。学者、評論家始め、学歴、権力そしてお金を持った成金者が、狭い日本社会で、弱い者を狙って、批判しいじめたりする事で、弱い者を自分の下にすることで、自分の立場を社会的にも認めさせる。これは家庭内でも同じ事が言え、子供が小さい時は親が権力を振る舞いて、子供を威圧し、成長すれば親子でまともな会話も出来ない関係になり、親は寂しい老後を迎える。
    学生や若い人をバカとか上から目線で観る人は、家庭内でも子供をそのような視線で見ていませんか?
    これは弱い者いじめではないですか?日本で偉そうな事を言うのであれば、イチローや松井のように、アメリカで日本人の誇りを持って、何故、正々堂々と世界の人を相手に戦い、日本のこれからを背負う若い人の先頭に立って、日本を元気にしないのですか?我々大人がすべきことは、自分の事ばかり考えるのではなく、将来の日本を背負う若い人に安心してバトンを渡せるように、自らが先頭に立ち、見本を示し、生きた教育をしていくことではないですか?口ばかりじゃなく、昔の偉い日本人に見習いませんか? 

  2. aeai4a8bbla9a4t8 より:

    就職難は、不況なのが原因なのではないのですか?
    経済政策の間違いにより、縮小均衡となり、労働需要が決定的に少ないから学生があぶれるのではないでしょうか。
    バブルの頃も学生はバカでしたが、引く手あまたでした。

  3. hamong より:

    どうも、私は理工学系の大学院生です。

    「学生がバカなのは前から変わらない」についてタイムリーなネタを発見したので紹介します。
    先日、古本屋で人材育成本を眺めていたらほとんどの本には「大卒の多くは使えない人材であるから企業での新人教育は骨が折れる」という感じの文章が冒頭に書かれていました。
    興味深かったのは、初版の年代が1980年と古いものから2010年の最新のものまで一様に同じことを書いていたという点です。いや~本当に前から学生の質というのは変わってないんですね。

    この「学生はバカ」というのは相対的な感覚だと思うんですが、その場合、何を基準とした視点なんでしょうね。私的には「その時代の社会における認識」と「未来への洞察」が甘い=バカな感じがします。
    まぁ、昔はバカでも何とかやってこれたけど今後はバカでは厳しい世の中になりそうです。
    情報を能動的に得ることが容易い現代では、いっそうバカが不利になり、中庸を推進する日本政府は社会保障で救い上げようと賢い人のお金をバカへと流すと。

    そういえば、最後のほうに「決定的なのは人々の予想を変えることです」とありますが、「マスコミが沈没」ってのは人々(多くはバカ)は予想していなかった点の一つだと思いますが、他にはどんなことが今後起こりそうですかね?

  4. keta3821 より:

    米国も欧州も中国も大卒の就職は悲惨な
    状況らしい。特に米国&欧州は悲惨と聞いている。

    世界的な問題なのに・・・なんで学者は日本だけの
    問題にすり替えようとするのか。

    そして日本の失業問題の方が米国や欧州より
    はるかにマシなのに・・・

    日本の学者は世界のことなんぞどうでも良いのか?
    マスターベーションみたいな議論がアゴラでは
    多すぎる。

  5. 専門職というのは花の期間は短くてつぶしがききません。いわばプロ野球の選手のようなものです。そこで専門職の採用をドラフト制度にして年俸制にして10年くらいで生涯賃金を稼ぐような職にすべきなのです。球団職員のような総合職は今まで通り年功序列で充分でしょう。

  6. wishborn2400 より:

     バカなどという扇情的な単語を使った為に生じた
    無用な騒ぎでしょう。
    企業の側の情報が見えないのは、学生の側の問題
    ではありません。結果、学生は「バカ」な選択の仕方
    しかできないと言っておけば良かっただけのことです。

    しかし、それが今に始まったことでないというので
    あれば、現在の就職難の「原因」ということは適切
    ではありません。外部状況としての経済情勢を
    無視して、その責を供給側である学生に求める
    のは無理があり、言わんとされていることについて
    整理されているとはいえないと思います。

  7. armedlovepower より:

    一つのメッセージについて、その解釈が人によって大きく変動するという事実は、受け取る側の視野や心のレベルに大きな差があるからだと思います。
    極端な例かもしれませんが、’会社’の意味合いを、「社会に不足するサービスを、その行動を得意とする能力を持った人が、集団で社会に貢献する仕組み」と考える人と、「上司の命令に従って、毎月のお給料をもらう仕組み」と考える人、と単純ですが2つに分類すると、この池田さんのメッセージに対する感想は、後者だと(後者のほうが圧倒的多数と思われるのであえて後者を先に書きます)、「学生がバカとは何事だ」「上から目線は偉そうだ」「人気企業を選ぶ事の何が問題か」「会社をタコ部屋呼ばわりとは失礼な」「マスコミが沈没するわけがない(もしくは単にザマーミロとか)」といった、目先、言葉尻に対する感情的な反応しかありません。これでは現状の問題を放置する言い訳にしかならず、未来になにもつながりません。
    一方前者では、(こちらもほんの一例ですが、)そもそも記憶力を競いあうような(わが国の)教育は、結果として創造力の無い人を量産しているにすぎない、昨今のストレージの価格が下がり続けているのは、記憶という行動の価値が市場で下がり続けていることを証明するよい例だと思う。(記憶ばかりを偏重する文化を持つ)日本が生まれてからずっと続くこんな不遇で異端な環境で生まれてしまった若者達を、(失礼だが)’バカ’ばかりにしてしまったのは、われわれオトナたちの、自分たちの社会の欠点や問題を(世界標準から)客観的に評価し改善してこなかったという歴然たる事実だ。というような、今後の改善や改革につながる未来へのヒントになると思います。

  8. tel_tel_bose より:

    昔ながらの徒弟制度も現代社会の就職活動も根は同じである。徒弟制度のもとでは、親方の職人や古参弟子が徹底的に新入りの弟子をシゴキ回した。それこそ今で言うパワハラなんて日常茶飯事だった。
    現代社会に目を転じると、就職活動で会社の採用担当者の対応はまさに同じものである。会社(親方)や採用担当者(古参弟子)が就活の学生にあれやこれやと無理難題を仕掛ける。学生としては履歴書にかなり屈辱的なことも書くことになるが、内定を取りたい手前、パワハラ訴訟なんて絶対起こさない。だから会社はさらに増長する。
    やっていることが最新かどうか知らないが、そんな最先端の会社であっても、根本の体質は徒弟制度のそれと大して変わらないことが滑稽である。