「教養」のない日本のエリート教育

2011年02月10日 01:33

最近のことだが、

「福沢諭吉の生地、大分県中津で活動中!」

と自身のブログで報告されていた政治家の方がおられた。


女性として大蔵/財務官僚のトップを経験した後、政治家に転身された方で、その輝かしい官界経歴と、フランスのエリート養成機関であるENA(Ecole nationale d’administration)への留学経験を誇っておられる。

また先日、通産省出身の民主党議員の方が、Twitterで

「岡倉天心の偉大さを著作を読んで初めて知りました。」

とつぶやいておられた。御年47歳。この方もMITとハーヴァードへの留学経験を有されている。

私はこの両者の政治家として能力をここで問題にしようとは思っていない。お二方とも優秀な方々だと認識しているし、その発言にも注目している。

私が問題にしたいのは、このお二方のように、日本のトップクラスの知性を養成するはずのエリート教育を経て、エリート・キャリアを邁進し、ついには国政を左右する立場に立っている人物に、「日本人としての教養」というものが驚くほど欠けているのではないかという危惧である。私が論じたいのは、上記した方々の個人の資質ではない。現代日本で行われている教育、特に「エリート教育」というものの内容に疑問を呈している。

「福翁自伝」の冒頭で書かれているように、福沢諭吉は豊前中津藩の大阪蔵屋敷で生まれた。父百助の死後、 シングルマザーとなった福沢未亡人が、大阪で生まれ育った兄弟姉妹を中津に連れて帰ると、服の着付けから言葉遣いまでが周囲と違って馴染まなかったという。

後年、諭吉青年が遊学先の長崎から中津を素通りして大阪を目指し、緒方洪庵の適々斎塾で頭目を現すきっかけとなったのが、この諭吉少年のアウトサイダーとしての背景と、以下に引用する「息子を坊主にさせてでも」その大成を期した、不遇の下級武士、諭吉にとっては直接見知ることのなかった父・百助の思いだったのだ。

父の生涯四十五年のその間、封建制度に束縛されて何事もできず、むなしく不平をのんで世を去りたるこそ遺憾なれ。また初生児の行く末をはかり、これを坊主にしても名を成さしめんとまでに決心したるその心中の苦しさ、その愛情の深き、わたしは毎度このことを思い出し、封建の門閥制度を憤るとともに、亡父の心事を察して一人泣くことがあります。わたしのために門閥制度は親のかたきでござる。(福沢諭吉「福翁自伝」)

この箇所を読み返すたびに、私も目と胸に熱いものを感じてしまう。そして福沢という一人の幕末/明治人の回顧を通じて江戸を生きた人々の気持ちに触れた時、封建制度から解放された明治日本が「坂の上の一朶の雲」を目指して猛驀進を始めた「明治の青春」という心情風景への理解が深まるのだ。

この日本の自伝文学中の白眉、しかも懇切丁寧に近代口語体で書かれた本を読まず知らずの人間が、世界へ向けていったい日本のなにを主張しようというのだろう。

これは全くの余談になるが、中津の名誉の為に言っておく。諭吉青年は気がついていなかったようだが、実は豊前中津藩は西洋学問に対しては非常に先進的な土地だったのだ。その原因は蘭癖大名として名を馳せた、薩摩藩主、島津重豪の息子、昌高が中津奥平家に養子入りしたことが嚆矢となっている。江戸蘭学の端緒をつけた「解体新書」の共訳者の一人、前野良沢は中津藩の藩医であった。また後年、諭吉と因果な関係になる勝海舟に蘭学の道を勧めた幕末の剣豪、島田虎之介も中津藩士だ。

いまさら日本史のおさらいも恥ずかしいというのであれば、この議員女史に以下のマンガを推薦しておく。

岡倉天心のことにも触れておこう。

私の以前のエントリー(こちら)でも引用させていただいたが、日清・日露の両戦役を経て、その軍事力を足がかりとして列強国への道を邁進していた当時の日本において、こうした主張していた人物がいたことを、日本の国民は知っておくべきだ。

一般の西洋人は、茶の湯を見て、東洋の珍奇、稚気をなしている千百の奇癖のまたの例に過ぎないと思って、袖の下で笑っていることであろう。西洋人は、日本が平和な文芸にふけっていた間は、野蛮国と見なしていたものである。しかるに満州の戦場に大々的殺戮を行ない始めてから文明国と呼んでいる。近ごろ武士道―わが兵士に喜び勇んで身を捨てさせる死の術―について盛んに論評されてきた。しかし茶道にはほとんど注意がひかれていない。この道はわが生の術を多く説いているものであるが。もしわれわれが文明国たるためには、血なまぐさい戦争の名誉によらなければならないとするならば、むしろいつまでも野蛮国に甘んじよう。われわれはわが芸術および理想に対して、しかるべき尊敬が払われる時期が来るのを喜んで待とう。(岡倉天心「茶の本」)

もちろん、この主張は新渡戸稲造の「武士道」を意識している。これは私個人の印象かもしれないが、日本人は新渡戸には注目しても、天心に疎い。

立志、不惑を過ぎて天心に触れられた前述の議員氏が、MITやハーヴァード留学以前に天心に巡りあっていたら、どれだけ意義のある国際交流が可能となり、その後の人生を豊かなものにしただろう。

繰り返すが私はここで特定の個人の無知を攻撃したいのではない。お二方のような優秀かつ有為の人材をして、日本人としての教養を身につけさせ得なかった教育のあり方がおかしいと思うのだ。

私がイギリスで不良大学生だったころ、知己を得た通産省官僚は国家公務員試験制度を擁護して、こう言い放った。

「日本の官僚システムは日本において最も知性に優れた人材を有さなくてはならない。」

知性と引きかえに、日本人としての「ハート」を忘れてしまったエリートでは国がもつまい。

交流会のような場で、

「英語を話すとバカだと思われるから、ゼッタイ話さない!」

とノタマッタ官庁派遣の留学生氏が、同胞日本人とみるとにわかににじり寄り、自らの学歴自慢を始める様子を、まるで酢豆腐の講釈をする若旦那を見る思いで眺めていたものだ。

先行き不安が高まるなかで、公務員はかつてに増して大卒生に人気のキャリアだそうだが、最近ではいったいでのような人材が官途を目指しているのだろう。

帰国するたびに訪れる書店の店頭にうずたかく積まれた「○○力」などといった安易なHow To本の山を見るたびに、

「若いうちは手っ取り早く小利口に器用になることよりも、自分の器を大きくすることを考えればいいのに」

と、己の説教ジジイぶりに辟易としながらも、内心ため息をつく。

重要なのは「How To Do」ではなく「How To Be」なのだ。

そして世界はあなたがどのような日本人なのか、今の日本とはどういう国なのかを知りたがっている。

追記:今日、2月9日はガダルカナル作戦終結の日である。ソロモン諸島ガダルカナル島を制圧する目的で送り込まれた3万余の日本兵のうち、1943年のこの日までに「転進」という大本営エリートのゴマカシの下に撤退することを得た1万余を除き、2万人が死者・行方不明者となった。2万の犠牲者のうち、戦死者は約5千名のみ。残りの1万5千人は兵站線確保を軽視した司令部の犠牲となり、そのほとんどが餓死であった。

日本国民が、永く胸に刻みつけなければならない、この史実。ネットを見渡すかぎり、今日これに言及している政治家は見当たらない。

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