やばいぞ日本(3) - 「正直者が馬鹿を見る」日本社会の仕組みを変える時!

2011年05月06日 10:00

舛添要一氏は「情報をなぜ隠すのか」と題したブログ記事で「危機管理の要諦は情報公開だ」と主張されましたが、この主張には私も異論はありません。然し「指導者個人の力量や権限を上手に使って情報の隠蔽を防ぐ」と言う手法では「面従腹背」を得意とする官僚や大企業の社員に「情報公開」の慣習を植え付ける事は難しいでしょう。永い間の「臭い物には蓋をする」習慣は、説教や命令で治るほど簡単な物ではありません。


この問題の解決の秘策は、「正直者が馬鹿を見る」日本社会の仕組みを変える事に尽きます。

日本独特の「本音・建前」の二本立て社会は、「本音」(他人の考えに影響されない「本心」)を言うと「損」をし、相手方にどのように思われるかを考慮した「建前」が得をする国柄を生み、それが情報隠蔽の温床になっています。

真面目で正直だと言う評判の日本人も、団体の一員になると「本音・建前」を巧みに使い分けるようになり、その結果として真実より「損得」を優先する社会を作って仕舞ったのではないでしょうか?日本人に自殺が多いのも、「本音・建前」と言う「虚実」の使い分けを強いる日本社会の矛盾が一因に思えてなりません。

「正直者が馬鹿を見る社会」を治す具体的手段は沢山あります。

例えば、税番号の創設です。ある統計によると、日本は世界一高い法人税を徴収しながら、対GDP比租税収入は15%前後で、OECD加盟国中最低レベルだと言います。その一因は、国民の税負担が低い事に加え、脱税が異常に多い事が原因だと思われます。じゃじゃ漏れの徴税制度を公正な制度にするには、個人、法人を問わず、すべての経済行為が税番号で認識出来る社会を作る事が必要です。脱税を難しくする事は、日本を正直国家に近付け、合理的なセーフティーネットの設定も可能にします。

次に考えるべきは、年功序列制度の廃止です。年功序列制度は、透明性や合理性に欠ける上司の裁量評価を可能にし、社員の成果を先ず吸い上げて、人事評価と称する「裁量権」を行使して、生産性とは無関係に成果を再分配する不合理な給与制度の支えにもなっています。

日本では勤労所得を「給与(給え与える)」と呼び、ボーナスを「賞与(賞め与える)」と呼ぶため、社員は仕事を二の次にして、上司の顔色を伺う習慣が生まれ、給与の向上には、ゴルフでは禁じられている「ヘッドアップ」が必要条件になったのも、年功序列制度の弊害です。日本の企業社会で異常に残業が多いのも、この制度の副産物です。年功序列制度の廃止は、公正な競争を奨励し、隠蔽と言う組織文化を無くす重要な一歩です。

日本の官僚の情報隠蔽の悪しき慣行の元締めである人事院の廃止も避けて通れません。人事院が情報を公開して処分した官吏はいても、情報隠蔽を理由に処分した例を知りません。

日本では「正直者が馬鹿を見る事件」が多すぎます。「正直と馬鹿とは違う」と言う論議も有ると思いますが、情報の公正を追求する為には、将来的には市場に於ける情報の非対称性も解消する方向に努力をすべきだと思います。

他人の意向で人生が大きく変る日本では、生きると言うより、国や組織に飼われている状態に近く、給与所得者の多くは餌をを求めて、上司に尾を振る毎日だと言うのは言いすぎでしょうか?

「正直者が得をする」透明な社会にするためには、国民が全文でも2710文字しかない憲法第三章を良く読んで、憲法で保障された国民の権利と義務を知った上で、現在の社会の仕組みを一つ一つ変えて行く事が、検察の情報独占で起こる冤罪事件の防止にも役立ち、透明で公正な日本を作る近道です。

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