裁量行政で損するのは誰か

2011年05月09日 08:34

アゴラは討論の場なので、前田さんの記事にコメントしておきます。私が一昨日の記事で「首相の要請には法的根拠がない」と書いたのに対して、彼は「首相を尊敬し褒めまくるべきだ」という。私が「中部電力のこうむる損害はどうするのか」とコメントしたら、彼は「いやなら断ればいい」という。

これは政府の論理と同じですね。許認可権をもつ政府が業者に「お願い」して、中部電力が2年で5000億円以上の損害をこうむっても、政府は「事業者の判断だ」と責任を逃れる。このような無責任な裁量行政が官民癒着や天下りなどの不正の温床になってきたことを彼は知らないらしい。


今回の要請が東電救済案と並行して出されたことは重要です。一方では東電の株主責任を問わないで公的資金を投入して救済し、それに対する批判をかわすために浜岡原発を停止させるスタンドプレーでごまかす。おまけに奉加帳方式で数千億円の補償を負担させられるかどうかの瀬戸際にある中部電力は、首相の「要請」を断ることができない。このように露骨な裁量行政は、自民党政権でも見たことがない。

これは経済学的にいうと、時間整合性(time consistency)の問題です。ちょうど小幡さんが書いているように、たとえ事後的には政府が裁量的に介入したほうが望ましいとしても、いつ行政指導で4年分の営業利益を吹っ飛ばされるかわからないというリスクがあると、投資家は電力株を買わなくなるでしょう。こうした事前の過少投資を避けるために、法律で行政の裁量を拘束し、行政手続法で口頭の指導を文書化するよう改革したのです。

法の支配とは、このような歴史的な経験から生まれてきた制度です。中世の多くの領邦の中で、恣意的に課税したり「徳政令」を出したりする国からは商人が逃げ、没落しました。與那覇さんも指摘するように、貴族が国王の裁量を法によって制限したイギリスで初めて産業資本主義は可能になったのです。

しかし日本は、そういう制度間競争を経験しないで法律を輸入したので、なぜ政府が法律を守らなければならないのかを理解していない人が多い。たしかに法的な手続きを踏むのは面倒くさい。水戸黄門が印籠を見せるだけで事件が一発で解決するのは気持ちいいでしょう。しかし水戸黄門が悪代官だったら、どうするのでしょうか。

中部電力の損失は、結局は電気料金に転嫁されて利用者が負担するでしょう。政府には料金認可の権限もあるのだから、わけもないことです。そして裁量行政の不確実性をきらって投資が減れば、日本経済はますます衰退するでしょう。自分たちが損失を負担することも知らないで水戸黄門に拍手を送る日本人は、おめでたいというしかない。與那覇さんもいうように、日本には法の支配は向いてないのでしょう。

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池田 信夫
アゴラ研究所所長 SBI大学院大学客員教授 学術博士(慶應義塾大学)

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