裁量行政で損するのは誰か

池田 信夫

アゴラは討論の場なので、前田さんの記事にコメントしておきます。私が一昨日の記事で「首相の要請には法的根拠がない」と書いたのに対して、彼は「首相を尊敬し褒めまくるべきだ」という。私が「中部電力のこうむる損害はどうするのか」とコメントしたら、彼は「いやなら断ればいい」という。

これは政府の論理と同じですね。許認可権をもつ政府が業者に「お願い」して、中部電力が2年で5000億円以上の損害をこうむっても、政府は「事業者の判断だ」と責任を逃れる。このような無責任な裁量行政が官民癒着や天下りなどの不正の温床になってきたことを彼は知らないらしい。


今回の要請が東電救済案と並行して出されたことは重要です。一方では東電の株主責任を問わないで公的資金を投入して救済し、それに対する批判をかわすために浜岡原発を停止させるスタンドプレーでごまかす。おまけに奉加帳方式で数千億円の補償を負担させられるかどうかの瀬戸際にある中部電力は、首相の「要請」を断ることができない。このように露骨な裁量行政は、自民党政権でも見たことがない。

これは経済学的にいうと、時間整合性(time consistency)の問題です。ちょうど小幡さんが書いているように、たとえ事後的には政府が裁量的に介入したほうが望ましいとしても、いつ行政指導で4年分の営業利益を吹っ飛ばされるかわからないというリスクがあると、投資家は電力株を買わなくなるでしょう。こうした事前の過少投資を避けるために、法律で行政の裁量を拘束し、行政手続法で口頭の指導を文書化するよう改革したのです。

法の支配とは、このような歴史的な経験から生まれてきた制度です。中世の多くの領邦の中で、恣意的に課税したり「徳政令」を出したりする国からは商人が逃げ、没落しました。與那覇さんも指摘するように、貴族が国王の裁量を法によって制限したイギリスで初めて産業資本主義は可能になったのです。

しかし日本は、そういう制度間競争を経験しないで法律を輸入したので、なぜ政府が法律を守らなければならないのかを理解していない人が多い。たしかに法的な手続きを踏むのは面倒くさい。水戸黄門が印籠を見せるだけで事件が一発で解決するのは気持ちいいでしょう。しかし水戸黄門が悪代官だったら、どうするのでしょうか。

中部電力の損失は、結局は電気料金に転嫁されて利用者が負担するでしょう。政府には料金認可の権限もあるのだから、わけもないことです。そして裁量行政の不確実性をきらって投資が減れば、日本経済はますます衰退するでしょう。自分たちが損失を負担することも知らないで水戸黄門に拍手を送る日本人は、おめでたいというしかない。與那覇さんもいうように、日本には法の支配は向いてないのでしょう。

コメント

  1. 前田拓生 より:

    当該コラムにも投稿しましたが・・・

    命令をするために法律があるので政府が「危ない」と思うなら要請ではなく法的根拠をもって対応すべきだというのは、ある意味正しいと思います。ただ今回は緊急を要するので、よりスムーズに運ぶであろう“要請”にしたと理解しています。

    また、記者会見までして公に要請している点が、今までの(こそこそとした)癒着関係と違うところだと思います。

    そもそも今まで政官学がゆるゆるの関係になっているのは電気事業法による命令があったからであり、こういう関係をいつまでも続けるのは問題だとも思います。

    逆に直面する地震等へのリスクに対する中電としてのスタンスをしっかりと決めさせるためにも、今回の要請は効果があると私は思います。

    「政府等から言われるまま」ではなく、一株式会社が行っている以上、法人としての意思を持つべきでしょう。失敗に対する第一義的な責任の所在を明確にするために株式会社という器なのだから、「今、堤防の建造中でも問題がない」ということで、地域住民を説得できるなら政府の要請を断ればいいだけです。もしだめなら、要請を受け、株主に当該決定についての説明責任を果たすべきでしょう。

    もし全て政府等からの命令で行うのであれば、株式会社という形態そのものをやめるべきであり、政府の機関になれば良いだけです。

  2. 池田信夫 より:

    だから前にも書いたように「緊急性」なんかないんですよ。東海地震は予告されてから30年以上、何も起きてない。あなたは地震が予知できるの?

  3. bobbob1978 より:

    論理的には池田さんが正しいのですが、前田さんの言いたいことも判ります。
    これはバブルの処理のときに生じた問題と同じ問題なのです。
    「原発の利益を享受するのは株主なのに、万が一の事態のときに損害を最終的に引き受けるのが国民と言う論理は、国民としては納得がいかない。万が一のとき国民に損害を負担させたいのであれば、万が一の事態を避けるために株主と企業は最大限の努力をすべきだ」
    と言うのは国民側からすれば当然の意見です。そして前田さんを始めとした菅さんの”お願い”を評価する人たちは、中部電力の5000億円の損害を「最大限の努力」の一部と見ているのでしょう。
    小幡さんの言う”事後処理”や池田さんの言う”裁量行政”が法の信頼を歪めるというのは仰る通りです。しかし、「利益は株主へ、損害は国民へ」ということを続けた場合にも法(国)と市場は信頼を失います。

  4. kenta_f0219 より:

    「要請」という手法を菅首相に提言したのは官僚でしょう。そういう裁量的な手法に彼らは長けていますから。その上で記者クラブをコントロールして報道を操作すれば、要請を断ること=利益追求の卑しい決断というキャンペーンで中電側を追い詰めることが出来ます。今の趨勢として、中電は浜岡の停止に踏み切らざるを得ないでしょう。中電はギリギリ原発に頼らない電力供給を継続できますし(一部、火力発電所の再稼動などは必要でしょう)、製造業への給電を優先することで経済へのインパクトを最小化することも可能です。
    しかしながら、それは中電の利害関係者の大部分とは関係ないところで決断されていくことになります。株主、電気利用者、原発立地自治体、etc.。中電はこの事で政府に”貸し”を作ることで、電気料金の値上げやその他の政治的な決断に影響を及ぼすことと思います。原則無き日本の政治・行政は政権交代でも尚一層維持されるということになるのですね。

  5. haha8ha より:

     討論の内容をみて思うのですが、 本来、「首相の要請」は公開するべき事案でしょうか?知事は賛成みたいですが、御前崎市は怒っているようです。
    ( 「寝耳に水」地元・御前崎市の担当者、驚き隠せず)
    http://sankei.jp.msn.com/politics/news/110506/lcl11050620280002-n1.htm
     
     住民無視、普天間のときと同じではないですか?
     
     さらに、海江田経産相は足りなくなれば関西電力からもらえばいいと発言したそうです。

    (関電さん電気ください!と海江田経産相)
    http://www.nikkansports.com/general/news/f-gn-tp2-20110508-772899.html

     関西電力が原発でもっているのを理解しているのでしょうか?

    (関西の暮らしを支える電気)
    http://www.kepco.co.jp/gensi/fukui/index.html#1

     どこが脱原発でしょう?いっそ、福井もだだこねて、「当方も原発止めます。関東以上に足りないので関東から電気送ってください。」といってみてはどうですか?

  6. chuarai より:

    今回の中部電力の一件は、少しわかりづらい例えになるかもしれませんが、ある事件の裁判で被告(政府)は刑事事件では無罪(法的根拠なし)、民事事件では損害賠償請求(中部電力への経済的な援助)が認められたケースに当てはまるように感じました。

    反原発の方々は、菅首相に全国各地にある原発の停止要請をお願いしたほうがよいと思います。浜岡原発だけで終わるようなら、反原発の方々に対する裏切り行為になると思います。

  7. ganz007jp より:

    池田先生も前田さんも熱くなりすぎです。

    ただ私も総理が急に「浜岡原発を止めろ」と言うのは無理がある様に思います。
    地震が怖くて浜岡原発を止める必要があると政府が判断した
    場合、
    「以前は原発建設・運転を許可したけど、地震が怖いからやっぱり許可取り消す。ごめんなさい。だから最短でどれくらいで停止できるか工程表だして。」
    と言うべきだったと思います。

     地震リスクを再認識した時点で政府が目指すゴールについては「要請」してもいいかもしれませんが、急に「ああしろ、こうしろ」というのは稚拙な行動と思います。ビビって慌てる姿はとてもリーダーとしての器感じません。
     だから私も尊敬して褒めまくることはしません。

    尚、緊急性という部分については池田先生に同意。緊急性なんてあるはずない。総理がビビってるだけ。
    そんなに直近で地震発生の可能性が高いなら、原発止めることとあわせて、住民も避難させるべきでしょ。原発は止めるけど住民は地震にあってもいいよってのは意味不明です。

  8. komeumai より:

    法にのっとってやるべきです。法改正までせずとも法的に可能ならばそうすべきだし、法改正が必要なら法案を提出すべきです。要請という陰湿なとげをもった事実上の強制で統治を行うべきではありません。我々国民はそのような権限を政府や菅氏に委任していません。だんだんとお上の意向を伺って暮らす社会になりつつあり、危険な兆候です。池田先生の懸念は当然すぎるほど当然です。予測可能性がない社会ではリスクのとりようがない。
    日本国民は原発で利益を得てきました。もっとも電気料金は諸外国に比して高いようですから価格というわかりやすい形で利益を得たわけではないでしょうが、電力会社の経営の安定が国民の利益にならないわけがありません。停電がほとんどないことや災害からの復旧が極めて早いことは大きなメリットで生産性の低い独占事業体である電力会社がここまでできるのは経営に余裕があり不測の事態に備えてマージンをとってあるからでしょう。今回の大震災は今まで得た利益を吹き飛ばしてしまうほどの国民負担が生じるかもしれませんが、それはやむを得ない。リスクとリターンは表裏一体です。
    問題は今までエキセントリックな反対派に抗するあまり無謬性を強調しすぎたことです。神ならぬ身はミスをするものとしてそれを織り込んで運用の公開と改善をすべきでした。我々が学んだのはそこだけです。過剰反応は無益です。それとコメントされてる方に、どうでもいいことですが、中電という略称は、中国電力もありますのでどうかと。

  9. uhohoi2011 より:

    >無責任な裁量行政が官民癒着や天下りなどの不正の温床になってきた

    池田氏:だから、法を根拠として対処せよ。
    前田氏:利権の巣のように揶揄されることもある原発行政をけつまづかせることを公言した首相の判断を評価する。

    池田氏は、制度から。前田氏は、世相から論じておられる。かみ合わないのは当たり前でしょう。

    「衆目を集めている間」という意味では、緊急性を要すると思います。

    池田氏には、やったもの勝ち、言った者勝ち、制度は被支配者の枷である、というような不文律を生まない制度のありを提言していただきたいです。

    池田氏の法への信頼は、大江健三郎氏に似た理想主義を感じることがあります。制度にもイノベーションを!

  10. 社会不適合者 より:

    失礼ですが、uhohoi2011さんの「池田氏の法への信頼は、大江健三郎氏に似た理想主義」との発言が、図らずも、今回の問題に関する日本国民の知的レベルの低さを端的にあらわしていると思います。理想主義(水戸黄門)は前田氏でしょう。

    「法への信頼」(まぁ、テクニカルタームで表現すれば法の支配でしょうか。)は、究極の性悪説に立脚して構築されており、理想主義とは対極に位置する考え方です。人間・権力に対して憎悪を抱いており、これらに対峙する知恵として、権力分立的な制度、デュー・プロセスが存在する。

    前田氏は、「(要請が)いやなら断ればいい」って、権力に対する憎悪どころか、懐疑心すら抱いていない。まぁ、この国は、為政者=徳のある人間(国家1種上位合格者を徳のある人間と看做している。)や権力者にとって何と心地いい国なんでしょうか。

    警察に逮捕状チラつかされて任意同行を求められた時、「任意だから」と断れますか?レンホーに世論チラつかされて開幕戦延期を求められたとき、「法的根拠がないから」と断れますか?
    警察もレンホーも首相も、権力者であるという認識が全くない。「相手はどうせ前科者」、「世論は自分を支持している」等の事情を錦の御旗に、自分こそが正義であると盲信して、ルール無視しているだけ。

    上記のように考えることができる人は、法の支配の真髄を理解している人、そうでない人は、「本質的には」中国と変わらない統治機構が好ましいと考えている人です。

  11. uhohoi2011 より:

    >理想主義は前田氏でしょう。

    黙ってればいいものを、門外漢のクセにでしゃばってすみません。皆様には、考えるきっかけをいただき、感謝しています。ありがとうございます。

    これまで積み上げられてきた電力行政の制度にせよ、検察の件にせよ、堀江氏の件にせよ、身近なところでは、私の親父のリストラ自殺の件にせよ、池田氏のおっしゃる法制度がきちんと機能しているのか。

    法制度の適用も、割と裁量をもって行われていませんか? その裁量は何を基準に行われていますか? 私は、その裁量の「あり方」に疑問をもつ者です。頭の中がどうで「ある」かではなく、どう「する」ことが、まかり通っているかということです。

    法制度が「する」ことに、ミスがありうることを認めない。そこに、私は不審を抱きます。その不完全さを補うために、前田氏のような「ものの見方」も必要。また、法「か」徳「か」ではなく、法「も」徳「も」です。なぜか。法の役割と、徳の役割は異なるからです。法の適用は、徳をもって行い、徳が悪徳にならぬよう、法で規制「する」。という考えはおかしいでしょうか?

    いろんなオプションを許さず、「現状」において法制度「のみ」で解決せよといわんばかりの池田氏には「過信」を見るのです。

    現状、社会制度と対峙する部分での公共心は成熟していない。そこで方向を示し、わかりやすくどんなものかを伝え、その成熟を促してくださる論者として池田氏はありがたい存在です。

    が、「現状」において、今回の池田氏の提言を実務に移せば、膠着し、世論が冷めた頃合で、よからぬことが起こることはありえないのでしょうか? その「法の支配」の現状は、どのようなのでしょうか?

  12. 当然、国民が損をするのですが、裁量行政で人気取りをする人物を総理大臣に選んだのは国民なので自業自得ということでしょう。しかし、本当に今の総理大臣は、国民が正当に民主的な手続きで選んだのでしょうか?国民の民意は今の政権にノーを突きつけていたと思うのは私だけでしょうか。選んでもいない人物に勝手なことをされて損をするなんて許せません。国民の怒りは鎮まることはありません。

  13. mshino3523 より:

    >このような無責任な裁量行政が官民癒着や天下りなどの不正の温床になってきた

    「電力の安定供給」を口実とした裁量行政がまかり通っている様子だが、
    そうした硬直性がスマートグリッドの普及を阻んでいるように思える。

    このように、これまでの電力システムでは、市場原理を活用して需要と供給を
    近づけること、そのために必要な情報を需要者及び供給者に提供することといった、
    凡そ製品やサービスの取引において当たり前のことが、行われてこなかった。
    その最大の理由が、電力は市場競争に馴染まず、そのようなことをすれば
    安定供給が脅かされるということであった。
    http://jp.fujitsu.com/group/fri/column/opinion/201105/2011-5-2.html

    供給側を総量的に安定化させる「安定供給」型から、需要側で消費電力を個々に
    調節させる「需要対応」型へシフトさせる。例えばGHP(ガス冷房)の普及拡大
    が進むだけでも、夏場の電力ピークカットに大きく貢献するはずである。

  14. kamokaneyoshi より:

    議論があまり咬み合っていないように思われます。日本の電力事業に様々な問題があることと管総理の浜岡原発停止要請が法治国家として妥当かどうかは別問題です。「中部電力は悪人だから法律に基づかない要請(事実上の強制)が許される」は法治国家の論理ではないということです。

    それから、電力事業で利益を受けるのは株主であるが事故が起こったときに被害を受けるのは国民だという論理は一方的です。株式会社制度が国民の利益にならないのであれば、それを廃止すべきということになる。電力事業の成功も失敗も株主と利用者がともに引き受けるべきです。現に、浜岡原発停止による損出(2年間で5千億円)は結局国民が負担することになるのです。

  15. asaikjp より:

    もうこれは管総理のパフォーマンス以外の何者でもないでしょう。
    普通なら国会決議とかでするのが民主主義ではないんですか。
    マスコミも絶賛しているようですが内容が受ければよければ手法は何でも良いのでしょうか?
    これってヒットラーが行った事と何が違うのでしょうか?

    東海地震の件もパフォーマンスのための方便としか思えません。
    何故なら原発の災害も自然災害の被害の一つです、15メートルの津波は原発施設だけに来るのでしょうか?
    福島では津波で犠牲になられた方が1万5千人、家を流され避難生活をされている方が大勢います。
    幸い原発事故では社員以外の犠牲者はいません。
    もし東海地震を心配されてのことであれば原発以外の防災体制にも言及しなければ嘘です、原発を利用した方便です。

    東海地震について騒がれていますが誰も本気にしてないのが実情でしょ、明日にでも来ると心配するなら個人なら転居する、企業なら工場を移転する、国や自治体なら耐震基準の見直しや大動脈である新幹線、東名高速の調査、対策をしているはずですがみんな無関心です、ところが原発の話題となるととたんに15メートルの津波、それさえも甘い、15メートルを超える想定外の津波が来たらとか挙句の果てに隕石が当たったらとか相手を言い負かすための方便としか聞こえないことを言い始めます。こんなことを過去から議論していたからリスク前提の対応策を誰も考えなくなったのではないですか。

    まずは2年後の防潮堤の完成を待て無いほど緊急性のあることならまずは原発近辺に住む人間の避難勧告もすべきです。
    停止は少なくとも今夏のピークを終えてからでも良かったのではないでしょうか。

  16. 社会不適合者 より:

    レスポンスありがとうございます。

    まず,1点。門外漢とか,でしゃばるとか,そういった遜りはなしにしましょう。ここは,アゴラ。真摯に議論する気概と,必要最小限の能力さえ具備していれば,立場を超えて自由に議論を展開することができる場所です。

    それでは,せっかくのなで,逐一コメントさせて頂きます。

    「これまで積み上げられてきた電力行政の制度にせよ,検察の件にせよ,堀江氏の件にせよ,身近なところでは,私の親父のリストラ自殺の件にせよ,池田氏のおっしゃる法制度がきちんと機能しているのか。」

    ⇒ご家族のお話しに関しては,詳細を存じ上げていないので何とも申し上げかねますが,検察の件及び堀江氏の件は,(池田先生の仰る)法の支配がきちんと機能していなかったからこそ惹起された事態です。なお,電力行政の制度とは,具体的に何を指称しているのか不明です。

    「法制度の適用も,割と裁量をもって行われていませんか? その裁量は何を基準に行われていますか? 私は,その裁量の「あり方」に疑問をもつ者です。頭の中がどうで「ある」かではなく,どう「する」ことが,まかり通っているかということです。」

    ⇒このあたりは,問題意識が不明瞭です。裁量の広狭を問題にしているのですか?それとも,程度は別にして,権力者に付与された裁量の統制方法を問題視しているのですか?両者は原理的には別問題です。
     なお,今回の出来事は,裁量の話とは無関係です。ある法規が首相に広範な裁量を付与しており,首相がその裁量の一環として停止要請を行ったのであれば,それは論理的には妥当性の問題で,法の支配の趣旨に背馳することはあれ,法の支配に抵触することはありません。しかし,日本にそのような法規は存在せず,首相には何ら裁量が付与されていません。
     したがって,明白に的外れです。

  17. 社会不適合者 より:

    続きです。

    「法制度が「する」ことに,ミスがありうることを認めない・・・法の適用は,徳をもって行い,徳が悪徳にならぬよう,法で規制「する」。という考えはおかしいでしょうか?」

    ⇒考え方そのものはおかしくありませんよ。その考え方が,中国と同じ徳治主義です。
     「法の適用は徳を持って行い・・・」それができれば,誰だってそのような制度が好ましいと思います。理想論です。性善説です。前田氏です。
     人類は,人間の能力ではそれができないことに気付きました。法の支配の誕生。
     「徳が悪徳にならぬよう監視する手段である法」の適用が、「監視の客体である徳」によって行われるというのは,論理矛盾です。法の支配のもとでは。

    「いろんなオプションを許さず,「現状」において法制度「のみ」で解決せよといわんばかりの池田氏には「過信」を見るのです。」

    ⇒私には,誰かが人々の嗜好を徳と不徳に峻別し,後者は規制するという考え方の方が,よっぽど「過信」しているように思えますが。というより,驕りでしょう。

    最後の部分について。
    ⇒「社会制度と対峙する部分での公共心」って何ですか?表現が漠然不明瞭で,全く伝わりません。
      「法の支配の現状」・・・法の支配の原則に,現状も何もありません。理念は原理的には不変です。
     国会で法規を制定し,それに基づいて停止要請でも停止要請でも行えばよい。そんな時間ないというのであれば(そんなはずないことは池田先生が仰った通りですが),経済産業大臣が正式な手続を履践して行政指導すればいいでしょう。
    もちろん、そんなことをすれば、私を含め、多くの人が、不当、又は裁量の範囲を逸脱し、違法とバカ首相を罵るでしょうが。