組織内抗争の責任は上司にあり - 増沢 隆太

2011年05月31日 16:49

菅首相への不信任決議をめぐり、与野党は緊迫しています。一方で地震対策をめぐって「そんなことしてる時とちゃいますよ」という首相派与党とマスコミのタッグによる公正無私っぽい論調も目立ちます。
首相への不信任問題は組織内抗争の典型です。しかし組織が組織であるゆえんは、そこに「統制」と「秩序」があることです。けんか両成敗のような、一見フェアに見えるタテマエ論はこの秩序を無視しているのです。

あまりの政策遂行能力の無さ、頼りなさから、何やら一方的な攻撃の的として、まるで被害者のような雰囲気もある菅首相ですが、実際は違います。少なくとも内閣総理大臣という、政府の最高責任者です。片や、どれだけ実力があろうが前代表や前首相、まして野党総裁とは、全くその地位と権力、それに伴う責任は別物です。
菅対反菅勢力の構図は、意図的に党内抗争のような報道をすることで、あたかもイーブンな勢力争い、あるいはその無能っぷりから首相側が防戦のように見えますが違います。そもそも立場上、この勢力は争うまでもなく、一方的に首相側が全権を握っています。


会社など組織内においても時として権力闘争や、上下間の対立は起こります。
組織管理の上で、絶対に揺るがすべきでない視点は「常に上位者が責任を取る」という軸です。一見勢力のある下位者・部下の場合、あたかも均等な立場での抗争のように見えるかも知れませんが、例えば小沢元代表がどれだけ勢力があろうが、今は党員資格停止処分を受けています。全然表舞台に出ず、復興支援にも関わっていない・・・・のではなく、それを禁止しているのは執行部であり、その総責任者が菅首相です。「何もさせない」ことを決めたのは執行部=首相なのです。責任の所在は当然その措置を決めた執行部にあります。党員資格停止だとしても何かやれ、というのは囚人に刑務所にいないでシャバで働け、と言っているようなもので、それはあり得ない要求です。
何かさせたいなら、その措置を決めた責任者が、措置を解く以外にあり得ません。

もちろん憲法で保証された言論の自由として、菅首相への批判発言は可能でしょう。しかし今小沢氏が出来ることはここまで。菅首相と小沢氏は全くその立場と権力が異なっているため、この「抗争」に見えるものは抗争ではなく、そもそも争いになっていないのです。圧倒的に全権限を首相側が独占しているからです。
政府組織も党も、きちんと職務分掌が決まっていますから、党代表である首相が全権限を握り、その判断がいかに間違っていようと、偏っていようと、下位者が覆すことは不可能です。だから今起こっていることは「争い」ではないのです。

会社も全く同じでしょう。いかに無能な上司であっても、会社が一旦上司と定めた以上、組織は上司を守るしかありません。ここにおいて「けんか両成敗」、「どっともどっち」という判断は組織を破壊する以外に何ももたらさないのです。

もちろん、実際には首相側が圧倒的権力を握っているとはいえ、限りなく足元のおぼつかない、当然のことながら永続性などみじんも感じ無い頼りない存在感であるがゆえに、この抗争は一見イーブンにも「見える」のです。そういう意味で、マスコミ報道が偏向しているのはやあたり前であり、あたかも「公正無私」っぽく立ち振る舞う報道姿勢は実に悪どいものと思います。

これは一組織内の問題ではなく国全体に影響する問題ですから、首相はもちろんですが、参院選挙大惨敗の責任も取らず、統一地方選敗北の責任も取らず、何となくテレビ露出が高いだけでいつの間にか好感度を上げた前幹事長・現官房長官や、現幹事長の責任は、全く減るどころか、今の混迷の全責任を執行部として負っている訳です。

不信任採決に賛成はもちろん、欠席しても処罰、というのは、自らの責任は一切取らないが、部下だけには責任と詰め腹を要求する、典型的なダメ上司といえるのではないでしょうか。政党政治家として、選挙敗北以上の失敗はありません。その最大の失敗責任を一切放棄した執行部が、部下を脅迫して従わせようというところに、自ずと民主党現執行部の組織管理能力の無さっぷりは見えます。

復興支援が遅々として進まない全責任も当然首相と幹事長、官房長官らにあるのです。進まない事情があるのはわかります(「わかる」で済む問題ではないが)。しかし責任者には権力があります。党員資格停止処分を課す権力がある以上、その全責任も、優先的に執行部、つまり上位者にあるのです。

そうした大きな責任を負っているからこそ、「党員資格停止」のような強大な処罰をする権利があるのです。権利は行使するが、責任は追わない、これほど「管理者能力・適性」のない上司はいません。
でも、周りにそんなダメ上司いませんか?責任はすべて部下のせい。成果はすべて自分の手柄。
今起きていることは「抗争」ではありません。「そんなことしてる時ちゃ」わないんです。一方的に上司とその一派が自らの地位を守るためだけに「抗争風」な演出と演技をしているだけです。
「どっちもどっち」的な厭世観は、組織統制という視点で見れば明確に違うと言えるでしょう。

(増沢隆太 東京工業大学大学院 特任教授、人事コンサルタント)

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