「『政府が経済を管理するべき』という社会主義への郷愁がEU諸国にあるのではないか。国の関与が強い再生可能エネルギー政策にそれが現れている」。経済記者である筆者が取材した日本の経済団体が主催したエネルギー政策のシンポジウムで、アメリカの研究者が皮肉を込めた感想を述べた。英国のシンクタンクの研究者は苦笑しながら同意して、「政治家は経済合理性を考えない」と応じていた。
短いやり取りだが、再生可能エネルギーをめぐるいくつかの論点が織り込まれている。このエネルギーには「高コスト」という、乗り越えなければならない問題がある。しかし、イメージの良さから政治的な関心を呼びやすい。その結果、政府がその問題を補助金という安易な手段で解決する振興策を行ってしまう。 そして日本でもこれまで以上に、補助金による大規模な支援が始まろうとしている。
民主党・菅政権は「再生可能エネルギー特別措置法」の実施を目指している。法案によれば太陽光や風力などで作った電気を電力会社に買わせて、その負担を利用者全体に転嫁する「固定価格買い取り制度」(Feed-in Tariff: FIT)が導入される予定だ。そこでは一種の補助金がこの種のエネルギー産業に投じられる。
おそらく、この制度は一時的な導入増をもたらすだけで、産業の健全な形の成長には結びつかないだろう。「補助金に頼る」ビジネスの構造を生んで、コストを引き下げる技術革新への努力が鈍るためだ。この政策は危うく、是正が必要だ。
この寄稿では、再生可能エネルギーのコストという「不都合な真実」を整理し、アゴラ読者の皆さまとともに、進むべき未来について考えたい。
■ 高コストゆえに補助金に頼る構造が生まれやすい
経産省は地球温暖化対策で再生可能エネルギーの大量導入を検討し、2009年にそのコストを公表した。キロワットアワー(kwh)当たりの発電単価では、太陽光は47円(10年で40円前後の例あり)、風力11円、小型水力12-20円、地熱発電12-20円、バイオマス発電12.5円だった。
一方で、在来エネルギーによる発電コストは、06年の同省の資料で石油火力10.7円、天然ガス火力6.2円、石炭火力5.7円、原子力5.3円、水力11.9円だった。08年の化石燃料の高騰でコストは一時的に1-2円上昇している。
再生可能エネルギーは在来エネルギーに比べると、コスト面では割高だ。世界規模の調査でもこの傾向は変わらない。IEA(国際エネルギー機関)は10年に、世界の160カ所のさまざまな電源の発電コストの調査比較研究を行った。(注1)再生可能エネルギーはCO2の排出がゼロであるという利点を考慮して、炭素価格(1CO2トン当たり30米ドル)を化石燃料に加えた。
EUでは太陽光発電は安くても1kWh当たり25米セント、中央値は38米セントだった。ドイツでは最安値が30米セント、中央値は32米セントだった。他の再生可能エネルギーは総じて10米セント以上。ただし豊富なアマゾンの水資源を利用できるブラジルの大規模水力、米国の地熱などでは5米セント以下と、特別な自然条件のある一部の設備では化石燃料と同程度の低いコストで発電できた。
一方で在来エネルギーによる発電は各国とも10米セント以下で、日本と大きく変わらず、5米セント程度の原発が一番安かった。 再生可能エネルギーはメリットも多い。自然現象を使うために使用の制限量を考える必要がなく、大気汚染を引き起こさないことなどの点だ。
こうした「発電以外の価値」を金銭に換算する試みが各国で行われた。空気の浄化などの「環境外部性」、また在来技術の発電所を作らないことで仮に得られるコスト「回避可能原価」を計測した。欧州委員会は2001年に各国の補助金の指針として、この「発電以外の価値」を1kwh当たり5米セント程度とした。
日米の研究でも同程度だった。 日本の電力の発電コストは1kwh当たり6-7円程度だ。仮に1米セント=1円と考えた場合に、再生可能エネルギーの適正なコストは「発電以外の価値」を加えた1kWh当たり13円前後になる。先ほどのコスト一覧に照らせば、風力、地熱、バイオマスの一部が妥当な水準となる。(注2)
しかし、コスト面で妥当であっても、導入可能な量の問題がある。経産省が09年に示した試算によれば、太陽光の導入可能量は最大で286億kwh。この量は10年の日本の発電量比の2.9%にすぎない。それ以上は、蓄電池の大量導入などの総配電網の作り替えに必要なコストが必要だ。他電源の導入可能量では、風力は10年の発電比1%、水力は同2.5%、地熱は0.7%、バイオマス1%と極めて少ない。
こうしたエネルギーは自然条件に左右され、しかも日本全体の電力需要は膨大であるためだ。 福島の原子力発電所の事故の影響で、日本で原発を増設することは直近では不可能であろう。その代替策は在来技術の中で考えてコストを重視すれば、天然ガスと石炭を利用した火力発電になる。
(注1)Projected costs of generating electricity 2010 edition (IEA)
(注2)以下の見解は「ドイツ固定価格買い取り制度(FIT)が直面する3つの「現実」」朝野賢司電力中央研究所社会経済研究所主任研究員、ENECO 2011年7月号掲載論文を参考にした。
■「巨額の税金を吸い取るモンスター」を生んだ欧州諸国の失敗
ところが世界各国の再生可能エネルギーをめぐる政策で、機器購入や発電に補助金を出すという政策が行われた。その結果、世界のクリーンエネルギープロジェクトのうち、その8分の7は補助金が無ければ在来エネルギーとは競合できない状況という。(注3)
日本の民主党政権が導入を目指す「固定価格買い取り制度」(FIT)は北欧、ドイツ、スペイン、チェコで導入された。これらの国々では補助金の支援で太陽光発電など再生可能エネルギーの発電設備の導入が一時的に増えた。ところが、その後は補助金が膨らみ、その引き下げに政府が動き、事業者との調整が難航した。そして導入の伸びが止まった。政府によるバブルの発生、ブーム化、そしてその破裂と、国民負担の増大というサイクルを各国で繰り返した。
ドイツでは、FITによる支出が2011年に1兆円に達する見込みだ。それで風力、太陽光による発電は全発電量の約1割で、同国の基幹電源で4割強を占める石炭火力には及ばない。あるドイツの与党国会議員は金額が膨らみ続ける再生可能エネへの支援策について「巨額の税金を吸い取り続けるのにちっぽけな効果しか生み出さない。われわれ自身が生み出したモンスターだ」と嘆いたという。(注4)
巨額の支援策で再生可能エネルギーの技術が進歩すればいい。しかし、世界で、投資家も事業者も、補助金をあてにして、早く確実に実行できるプロジェクトを行い、技術革新に投資をしない傾向があるという。さらに発電事業者は安い輸入品を使ってコスト引き下げを行うために「グリーンジョブ」(環境関連産業)の成長もEU諸国では一時的だった。(注5)
(注3)「クリーンエネルギーの不都合な真実-補助金を脱した真のエネルギー革命に向けて」デビット・ビクターカリフォルニア大学サンディエゴ校・国際関係大学院教授、フォーリン・アフェアズ・リポート7月号掲載論文。ビクター氏は、米共和党の環境政策顧問などを歴任。(注4)「世界に広がるエコ疲れ」ニューズウィーク2010年8月10日号記事。(注5)ビクター、前掲論文。
■欧州の過ちを繰り返す前に、日本では熟議を
再生可能エネルギーのコストの分析、そして欧州諸国の成功と失敗をみれば、日本のとるべき道がみえてくる。第一に再生可能エネルギーのコストを精査、検証した上で、それを共有して、国民的な議論を行うことが必要だ。菅政権は、高いコストを負担して太陽光や風力を増やしてもいいのかという問いかけを、国民にしていない。
これまでの原子力発電をめぐっては、国民的な議論と合意を積み重ねることが少なかった。それが閉鎖的な原子力政策の姿を生んだとされる。今度は再生可能エネルギーで同じ過ちを繰り返すのだろうか。
第二に、仮にFITが行われる場合には、その金額は合理的水準にとどめるべきだ。先ほど述べたように、1kwh当たり、10円台前半程度までなら許容されよう。第三に高コストを是正する技術革新を進める取り組みを促進するべきだ。これは補助金によって需要を作り出すだけで、達成される可能性は少ない。企業の努力と製品化、そして政府による支援が技術革新には必要となる。
環境省によれば、過去40年で再生可能エネルギーの国際特許の55%は日本企業の申請によるものだ。政府は補助金だけではなく、日本の産業界の持つ力を引き出す支援策を政策の中心に据えてほしい。
これら三点は、あらゆる立場の人が、同意する内容であると思う。そもそも石油資源の枯渇懸念、さらには福島の原子力事故をみて、再生可能エネルギーの普及に反対する人はいない。しかし欧州諸国のように、出口の見えない補助金政策を行うことは、経済にも、社会にも良き影響を与えない。
しかも私たちは東日本大震災という未曾有の国難に直面し、その復興の最中だ。今のエネルギー政策で第一に優先されるべきことは、被災地、そして日本経済の復興の妨げにならないようにエネルギーを安定供給することである。急いで再生可能エネルギーの支援策の結論を出す必要はない。
人気を集めたい落ち目の政治家、補助金バブルの果実を得ようとする「政商」、脱原発を唱える政治活動家が入り込み、日本の再生可能エネルギーをめぐる議論は混乱してしまった。興奮の渦から一歩下がって、状況を冷静に見つめ直すべきではないだろうか。
再生可能エネルギーの健全な成長のためには、口先だけの声高な主張はいらないし、過度の補助金もためにはならない。国民の熟議、その上での持続可能かつ合理的支援、技術者と経済人の奮闘、そしてそれを購入の形で支える国民の支援が必要だ。
(石井孝明 環境・経済ジャーナリスト)
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