リフレ論争の再放送(同時投稿)

池田 信夫

コメントで教えてもらったが、Economist誌の経済学特集はちょっとおもしろい。いつものように、適当に訳して紹介しておく。


主流派マクロ経済学の信用が地に落ちた今、異端的な経済理論がブログ界から出てきている。

一つは「超ケインジアン」ともいうべきMMT(Modern Monetary Theory)である。彼らの主張は単純だ:不況のときは、政府が公共事業で金を使えばいい。国債も税金も資源の移転という意味では同じことなので、世代間の不公平というのは幻想であり、財政赤字なんて無意味な数字だ。国債が売れなくなったら、紙幣を印刷すれば埋められる。それでインフレが起きたら、印刷をやめればいい――これは日本でいえば、亀井静香氏などのバラマキ派に近い。

もう一つはオーストリア学派だ。これはもちろんハイエクなどのリバタリアンの思想で、政府は財政支出なんかしないで、企業が「創造的破壊」で淘汰されるにまかせればいい。中央銀行は廃止し、free bankingで自由に通貨を発行すればいい。これによって銀行システム間の競争が起これば、金本位制が勝ち残るだろう――これは共和党の大統領候補、ロン・ポールが提唱しており、ティー・パーティなどの保守派に支持されている。

両者の中間がScott Sumnerを教祖とするMarket Monetaristで、これは以前の記事でも紹介したように、クルーグマンも好意的に評価している。彼らは財政支出の拡大には反対し、金融緩和とNGDPターゲティングでインフレ予想を起こすだけでいいという。FRBがいくら量的緩和をしてもインフレが起こらないのは、彼らのコミットメントが足りないからだ――これが日本のリフレ派に近い。

以上の議論は、日本で10年ぐらい前に行なわれたリフレ論争の再放送である。その後、福井総裁の時代に日銀は大胆な量的緩和をやったが、インフレは起こらなかった。クルーグマンも指摘するように、流動性の罠に入っているとき、量的緩和だけで予想を変えるメカニズムはわかっていない。

しかし日本では人口減少という特殊要因で自然利子率がマイナスになっているので、人口が増加しているアメリカで成功する可能性はゼロではない。この場合、中央銀行がどういう心理的メカニズムでインフレ予想を起こすのかという行動経済学的な問題が重要である。あれほど影響力のあるバーナンキが派手に「やるぞ!」と言ってもだめだったのに、他の議長が予想を変えられるとは思えない。

NGDP目標を設定すること自体は無害なので、日本政府もやってもいいだろう。高すぎる目標を立てると政府の信用がなくなるが、もともと誰も信用してないから失うものは少ない。ただ目標に法的強制力をもたせるターゲティングを行なうと、ジョン・テイラーも指摘するようにdo-whatever-it-takesになって金融市場をかえって攪乱する。

いずれにせよ、こうした問題は日本で山ほど議論されたのに、この記事はそれにまったく言及していない。日銀が「実験」してうまく行かなかった理論をアメリカ人が一から議論しているのは、あまり生産的とは思えない。日銀は植田和男氏の総括を英語に訳して、彼らに紹介してはどうだろうか。