「朝まで生テレビ!」はいつまで続くのか? 

2012年07月28日 01:45

7月も終わりではないか。気づけば朝まで生テレビ(http://www.tv-asahi.co.jp/asanama/)の放送日ではないか。「テーマは激論!激論!護憲・改憲・新憲法」だ。

ふと素朴な疑問がわいた。

朝ナマは、いつまで続くのだろう?


「そりゃ、田原さんが降板するまでだろ(ドヤッ!)」
という意見で、議論が終了しそうだが、いったん置いておこう。何でも、田原総一朗氏は番組中に死ねたら本望という発言をしていたという説を聞いたことがあるが、真相は定かではない。

ただ、ちょうど中学校1年生になるころにこの番組が始まり、昔は夢中になっていた一視聴者の立場から言わせて頂くと、この番組はとっくに限界に直面しているような気がする。

私は田原総一朗氏をリスペクトしているが、「司会者ならぬ支配者」という批判があるとおり、彼を中心に番組がまわっていく。「発言を遮る」などの声は象徴的だろう。同局で放送されている「徹子の部屋」があくまで黒柳徹子の黒柳徹子による黒柳徹子のための部屋であり、彼女が一番しゃべるのと同様の問題である。

いや、正確に言うならば、むしろ現状の問題は田原総一朗氏が司会者としても支配者としても浮いていることではないだろうか。今に始まった話ではないが、最近、この現状が目立っていると感じる。ある編集者は「最近の朝生は田原総一朗の公開介護と化していないか」と言っていた。ひどい言い方だと思ったが、わかる気もする。

ただ、田原総一朗氏だけが問題なのだろうか。そうではない。番組の作り自体が雑になっている。いや、そもそも論で言うならば、テーマ設定、登場する論客選びをサボっているのではないかと感じる。Wikipediaがソースで申し訳ないが、番組が始まった1987年から現在までのラインナップをチェックしてみた。現在では、すっかりマンネリ化しているこの番組だが、80年代、90年代は実に過激なチャレンジをしていた。それこそ、オウム真理教の信者をスタジオに呼ぶなど、テーマ設定も呼ぶ論客も尖っていた。

さらに言うならば、登場する論客が小粒になっているという印象は否めない。今は若手論客と言われる人たちが登場しているが、まともなのは東浩紀、城繁幸、津田大介、飯田泰之、荻上チキ、収監されたホリエモンくらいのものだろう。

一方、この朝生を参考にしたのか、反面教師にしたのか、討論番組がだいぶ増えたが、いちいちつまらない。朝生はすっかり中高年が言いっぱなしのプロレスをして、「なんだかな」と激しく傍観する番組になってしまったが、他の討論番組も言いっぱなしの感が否めない。それこそ、「ニッポンのジレンマ」なる番組が朝生と比較されて喝采を浴びたのだが、この番組の中身自体がニッポンのジレンマそのものだろう。

要するに、日本に言論とか討論はもう無理なんじゃないかと絶望してしまう。言論不毛地帯、情弱大陸なのである。我々はこの現実を虚心に直視し、真摯に顧み、敬虔な反省を持つべきである。古代ローマは平和を貪ることによって自ら亡んだ。日本が同じ道を歩んではいけないのだ。

まあ、そもそも、日本の問題というのは、朝まで語り合ったところで、解決しないわけだ。朝まで語り合うくらいで解決できる問題なんてない。これもまた悩ましいところだ。

朝生がいつまで続くのか?いや、田原さんが生きている限り続くのだろうが、日本における劇場型議論の限界を感じる次第である。

ぶっちゃけ、番組があるうちに呼んで頂けたら光栄なのだが、それは、ますますの番組の劣化につながるので、いい。ただでさえ、番組に登場する論客の劣化、ゆとり化が進んでいるのだ。我々は論客の魂の腐敗、道義の頽廃の根本原因を直視しなければならない。かくして、魂の空白化が進んでいくのだ。

そういえば、学生時代に中川淳一郎と一緒に番組を観覧したことがあった。客席からの声で手をあげ、あとで高校の先輩だとわかった西部邁に「お前は偽善者だ!」と噛み付いたのは、我ながら厨二病的な思い出である。仲裁してくれたのは、宮台真司先生だった。そんな過激な視聴者がいるか?上野千鶴子風に言うならば、朝生における矛盾の糊塗の繰り返しは、視聴者も含めた共犯関係と言わざるを得ない。

改めて、朝生はいつまで続くのか?

明日の朝までは続くだろう。

間違いない。

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