量的緩和の分類学(解説)

2013年03月17日 09:42

非伝統的な金融政策は、共通して中央銀行のバランスシート規模の膨張を伴うことから、一律に「量的緩和(Quantitative Easing)」と呼ばれることが少なくない。しかし、より詳細にみると、これまでに実施された非伝統的金融政策はそれぞれに固有の特徴をもっており、そのすべてが同一の内容からなるものではない。そして、それぞれの特徴を識別することなしに、何が効いたか何が効かなかったのかを論じることはできない。

そこで、以前に書いたことの繰り返しになる部分もあるけれども、日米でこれまで実施された非伝統的金融政策について、それぞれの特徴を整理しておきたい。


伝統的金融政策が「金利政策」であるのに対して、実際の非伝統的金融政策は中央銀行自身のバランスシート(B/S)を活用する「バランスシート政策」だといえる。ただし、バランスシートには負債側と資産側の2面があり、いずれに力点が置かれているのかを区別しなければならない。

(A) 量的緩和
非伝統的金融政策を最初にパイオニアとして実施したのは、日本銀行である。2001年3月から開始された「量的緩和」(終了は06年3月)では、(A-1) ターゲットが(民間銀行が日銀に保有する)準備預金の残高におかれた。準備預金は中央銀行からみて負債であり、この意味で量的緩和は負債サイドに力点がおかれた政策である。しかし、(A-2) 準備預金を供給する際のオペレーションの対象は、基本的には伝統的な金融政策の場合と同じ、即ち、短期国債(あるいは、国債等を担保にした短期貸し出し)である。

準備預金に政策金利の誘導目標と同水準の金利が支払われている(付利されている)現状において、準備預金は短期国債と本質的に同等のものとなっている。すると、短期国債と交換に準備預金を供給するといった措置は、全くの「似たもの同士」を交換しているだけに過ぎないことから、特段の効果は見込めないということになる。量的緩和政策の実際の結果は、この理論的推論をほぼ裏付けるものであったといえる。

(B) 信用緩和
米国連邦準備も、量的緩和政策に対して上記と同様の評価をしていた。それゆえ、いまでいうQE1を08年11月に開始することになった際には、バーナンキ議長はそれをQEと呼ばれることを非常に嫌った。量的緩和(QE)ではなく、信用緩和(Credit Easing)と呼べというのが、議長の強い意向であった。自分たちがやろうとしていることは、かつて日銀がやっ(て成功しなかっ)た量的緩和とは違うというのである。

因みに、QEというのは世間やマスコミが勝手に言っているのであって、米国連邦準備自身は、QEとは呼ばず、公式には大規模資産買い取り(Large-Scale Asset Purchase)、略してLSAP(エル・サップと発音する)プログラムと言っている。このLSAPという言い方から分かるように、信用緩和は、中央銀行の負債サイドではなく、資産サイドに関心が置かれた政策である

すなわち、信用緩和では、(B-1) その狙いはリスク資産の利回り(のうち、リスク・プレミアム部分)を低下させることである。そのために、(B-2) 伝統的な金融政策ではオペの対象にはなっていなかった証券化商品をはじめとしたリスク資産が買い取り対象にされた。他方で、民間の安全資産需要の高まりに応えるために、保有する短期国債は逆に売却された。売却する短期国債よりもはるかに多額のリスク資産を買い上げたために、結果として準備預金残高は著増することになったが、それはあくまでも結果であって、目的とされていたわけではない。すなわち、(A-1) という要素はなかった。

08年10月からQE1の終了した10年6月の時点では、まだ金融危機の余波が残り、米国の信用市場は機能不全に陥っていたとみられる。要するに、不安に駆られて投資家が不在となる中で、多くの金融機関が流動性の確保のために資産の大量処分の必要性に迫られていた。そのために、ファンダメンタル価値未満に資産価格は下落する(利回りは高騰する)負のバブル的な事態が起こっていたとみられる。こうした状況下において連邦準備が、信用緩和を行ったことは全く適切だったと考えられる。換言すると、QE1は、景気対策というよりも金融システム安定化策としての側面が強いものであった。

(C) 量的緩和第二弾(QE2)
QE2(これも、連邦準備自身の言い方でいうと、LSAP第二弾)は、米国の景気回復が思わしくないことから、10年11月から11年6月まで実施された。その意味で、QE2は純粋に景気対策として行われたものである。(C-1) その狙いは、長期金利の低下(とそれによる株価上昇、自国通貨安)を促すことである。そのために、(C-2) 長期国債を購入した。

その効果であるが、QE2の実施がアナウンスされた時点では長期金利の低下が生じたが、それが実際に実施されてからはむしろ長期金利は上昇したりしている。短期金利が実質ゼロで短期国債と準備預金が完全代替物になっている現状では、QE2の実質は、発行済み国債の満期構造を変更する(長期国債を減らして、短期国債を増やす)といったものでしかない。米国国債市場の規模を考えると、そうしたことで長期金利にシステマチックな影響を及ぼすことは困難だったとみられる(QE2がもし本当に効果的であったのなら、QE3をやる必要はなかったはずである)。

その後、ツイスト・オペを経て、12年9月から住宅ローン担保証券(MBS)を毎月400億ドル(その後は合わせて長期国債も)購入するという量的緩和第三弾(QE3)が開始されている。ツイスト・オペは、連邦準備が保有する短期国債を売却し、同額の長期国債を購入するというもので、意図的に準備預金の残高を増やさないようにするものである。公式には、Maturity Extension Program、MEPと呼ばれている。QE2、QE3では、QE1のときと同様に、結果として準備預金の残高は増加している。

米国における非伝統的な金融政策では、リスク・プレミアムや長期金利という価格変数に注目が置かれており、準備預金やベースマネーといった量そのものがターゲットとされたことはない。また、10年10月から開始された日本銀行の「包括緩和」も、量的緩和の反省の上に資産サイドに力点を置いた政策であり、長期国債やリスク資産を購入することを通じて長期金利およびリスク・プレミアムに影響を及ぼすことが意図されてきた(バランスシート規模の拡大は、その結果に過ぎないとされた)。

報道ベースでしかないが、黒田新体制の下では、資産サイドから負債サイドへ再び力点を移す意向だとされ、(A-1) が復活するという意味で「日銀、量的緩和復活へ」と報じられている。しかし、その手段としては、(C-2) が想定されているようなので、かつての量的緩和が丸々復活するわけではない。だとしても、白川体制下の日銀では(米国連邦準備と同様に)、資産サイドに力点があったのを負債サイドに戻すのが、「異次元の」金融緩和ということなのだろうか。

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池尾 和人@kazikeo

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