純粋「東浩紀」批判―“棲み分けない”批評家について(その1) --- 石崎 貴嗣

2013年04月13日 11:34

東浩紀において、「哲学者・批評家」という肩書きはいまや形骸化している。つまり東によって現在書かれている批評文は、かつて『存在論的・郵便的』に象徴されていたようなアカデミックな厳密性を失っている。


おそらくこのような実感は、いま『一般意思2.0』や『思想地図β』を手に取る読者の多く、そして何よりも少なからぬ「哲学者」と「批評家」たちに共有されている。ならば、その形骸化はなぜ生じたのか。私たちはそろそろ、かつて佐々木敦が「論壇で一人勝ち」と形容したこの“批評家”について、そのように率直に問うべきだと思われる。

本人もしばしば口にするように、現在の東に対する批判の多くはこうである。すなわち、「昔の東浩紀はよかった。なぜ哲学者を、否、学者であることをやめたのか」。この種の批判を背後から支える論理は、素朴な二項対立である。したがって、次の論理公式に還元することができる。

『「昔の東浩紀は良かった」が、「今の東浩紀は良くない」
「昔の東浩紀は哲学者であった」が、「今の東浩紀は哲学者ではない」
「哲学者であった東浩紀は良かった」が、「哲学者ではない東浩紀は良くない」』

論理的に無矛盾である以上、ディスクールによってこれらの批判に明確な反論を加えることは限りなく不可能に近い。またこの稿における筆者の意図も、東へのこうした批判に対する反論を試みることではない。

そもそも、上記のような批判は、その実、東に対する「批判」としては成立しておらず、あえて反論をする必要性が無い。なぜなら、「昔の東浩紀」にしろ「今の東浩紀」にしろ、したがって「良かった東浩紀」にしろ「良くない東浩紀」にしろ、その立場は驚くほど一貫、(より正確に言えば)“一致”しているからだ。

つまり、「昔の東浩紀」の中には「今の東浩紀」があり、「良かった東浩紀」の中には「良くない東浩紀」があった、ということである。留意しておきたいのは、筆者はここで「「昔の東浩紀」の中には“可能態として”「今の東浩紀」があった」ということを主張しているのではない(「良かった東浩紀」は「良くない東浩紀」に“なった”のではない)。

この逆、つまりこの主張の「昔」と「今」を転倒しても尚、それはおそらく真実であるからだ。要するに、「良かった東浩紀」と「良くない東浩紀」は“同時に”東に内在している。

どういうことだろうか。問題意識をさらに明確にするために、ここで「良かった東浩紀」、つまり初期の東の仕事から、解決の手掛かりを得よう。哲学者としての東の業績は、端的にジャック・デリダの“脱構築的読解”によって収斂される。

周知のように、デリダの仕事は『散種』を基点に「前期」と「後期」とに大別され、「脱構築」という名で語られる彼の学問的業績は主として「前期デリダ」にあるとされている。論文の形式を維持し、論理的に整備されていた「前期デリダ」に対し、柄谷行人が「言葉遊び」だと批判した「後期デリダ」の制度的反発は、「読み」を拒絶するかのような文体の破壊によって、読者の離反を招いた。

このデリダの転向、すなわち前期の「良かったデリダ」から後期の「良くないデリダ」への移行には、どのような理由があるのだろうか。

一般に、その素朴な疑問には、素朴な答えが与えられている。前期が理論的に主張したものを、後期は実践したというものである。
(中略)
研究者もその理解をおおむね支持している。例えば最近サイモン・クチュリーは、デリダの七〇年代の変化を「理論化のコンスタティヴな形態からエクリチュールのパフォーマティヴな様態へ」として整理している。

彼によれば、脱構築の歴史は一貫した理論の実践化、つまりパフォーマンス化であり、八〇年代における政治的、社会的コミットメントの前景化もまたその当然の帰結として捉えられる

(東浩紀『存在論的、郵便的』)

東は一方でこの通説に一定の理解を示しつつも、他方でそこにある陥穽を指摘する。

しかし、さきほどの問いは、本当はそれでは何も答えられていない。
(中略)
理論と実践を分けるとしても、それならば何故デリダは実践を望んだのか。実践を留保したうえで成立していた六〇年代の理論的作業、『声と現象』や『グラマトロジーについて』のような高い評価を得た仕事とスタイルを、何故彼は棄てねばならなかったのか。

私たちの考えでは、ここには明らかに量的拡大を超えた“何ものか”が宿っており、そこにこそデリダを理解するための躓きの石がある。

(前掲書)

先の「素朴な答え」では、“何故”デリダは実践を望んだか、という問いの核心がはぐらかされている。この問いに“理論的に”答えようとしたのが初期の東、すなわち、「良かった東浩紀」である。

最終的に東は、デリダは『散種』において「解釈共同体の内破」を目論ん でいたのだ、と結論する。

説明を加えよう。

脱構築は常にエクリチュールを「差延」として再定義する。それはパロールにおいては確保された「直接性」「現前性」を失わせ、本来ならばシーニュとして不可分であったはずのシニフィアンとシニフィエの乖離をもたらす。

これは、シニフィアンに対する純粋なシニフィエの拡大を意味しない。直接性、現前性を喪失するということは、その原コンテクストを喪失する、ということである。

つまり、「いま・ここ」で書かれたエクリチュールは、作者の思いもよらぬところで引用され、思いもよらぬ意味で解釈される。この「引用可能性」=「反復可能性」によって、エクリチュールの意味作用は最終的に決定不可能という事態に陥るのである。

だが、 デリダによれば、この「反復可能性」はエクリチュールだけに属するものではない。デリダは「反復可能性」を、パロールを含めた言語一般、さらには記号一般にも共通して見出される性質であると指摘する。パロールが意味作用を持つためには、それが同一の要素である限り、誰がどこでどのような状況で発話したかを問わず、同一に解釈されなければならないからだ。

例えば、「あずまんと宇野さんって仲悪いね」という日本語は、それを発話する人や、発話の際の声の大きさ、発話された時間や場所が同じであることは二度となくとも、同一に「あずまんと宇野さんって仲悪いね」と認知されなければならない。このように、パロールの任意の要素が、いつも同一に認知されるためには、パロールに「反復可能性」を認めなければならない。

同じことは、記号一般についても言える。「赤信号」が、いつも「止まれ」を意味している、と誰しもに認知されるのは、そこに「反復可能性」が認められるからだ。

故に、記号(デリダに習って、以後「マーク」とする)は、一般に意味作用の決定性を喪失することになる。

ところで、意味作用が決定不可能だということは「マークの意味はいつも違う」ということではない。反復が可能だということは、むしろマークの意味作用が同一である、という事態がしばしば起こりうることを示している。

デリダが主張するのは、意味作用の決定性の可能/不可能の両立であって(P∧(¬P))そのどちらでもない(¬(P∧(¬P)))、それ故の「誤読の必然性」である。

反復可能性はイデア化を可能にする。従って、多様な事実的出来事から独立した一定の反復可能な同一性を可能にする。けれども、それが可能にするイデア化そのものに制限を加える。つまりそれは、イデア化を開始し、損なうのである。

(J・デリダ『有限責任会社』)

「同一性」と「差異性」が共存するマークの反復は、「イデア的同一性」によって捨象されていた「差異性」を復権させる。このことを「読む」行為に還元するならば、「同一性」は「テクストに対し、同じ解釈をするものたち」、「差異性」は、「テクストに対し、違った解釈をするものたち」であるといえる。

デリダは、前者を「転移」、後者を「転移切断」としたが、東も言うように、両者は常に“同時に”成立する。

しかし、転移(transfert)はデリダによれば、つねにすでに転移切断(tranche-fert)でもある。分析者たちはつねに、「ある集団からほかの集団へと移転、あるいは切断移転[transferant ou tranche-ferant]するのであり、したがって分派=切片はつねに分割される」

(東浩紀『存在論的、郵便的』)

したがって、『散種』の読解の「転移」によって「解釈的共同体」が成立し、“同時に”「転移切断」によって共同体は「内破」する。こうした、「肯定的であり、かつ否定的であり、そのどちらでもない」((P∧(¬P))∧(¬(P∧(¬P))))という読解を、『散種』は、あるいは、『散種』を著したデリダは要求したのだ、というのが、東が出した結論である。

その2へ続く)

石崎 貴嗣
大学生

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