「ねじれ解消」は、むしろアベノミクスの障害になる --- 鈴木 亘

アゴラ

7月21日の参院選挙を前に、テレビでは連日、各党代表が集まっての論戦が繰り広げられているが、いやはや、どうにも盛り上がりに欠ける状況である。概ね好調に進むアベノミクスと、アベノミクスの今後に対する依然大きな期待を前に、国民の心に響く論争テーマが存在しないのである。野党の主張は、「スベって」ばかりである。


民主党時代と比較して、目を見張るばかりのアベノミクスの実績に接している国民には、野党による「対案無き」アベノミクス批判など全くの無駄でしかない(アベノミクスの副作用ばかりを強調する民主党の海江田代表は、ドン・キホーテかピエロのようにしか映らない)。どうやら、会期末の問責可決と重要法案廃案という野党の大失態によって、今回の選挙における最大の争点は、「ねじれ解消」になりつつあるが、本当にそれで良いのだろうか。

だいたい、ねじれ解消とは、論争すべき「政策テーマ」でもなんでもなく、単なる選挙結果である。安倍首相の言い分としては、アベノミクスをはじめとする改革を進めるために、「ねじれ解消」が必要ということであるが、果たしてそうだろうか。自民党が大勝してねじれが解消された場合に、それで本当に、国民が望む方向にアベノミクスや諸改革が進むかどうかには、かなりの疑問がある。

なぜならば、現在、安倍首相や菅官房長官ら側近の占める官邸が、まがりなりにも自民党内で求心力を持って、改革が進められているのは、安倍首相の「改革色」を前面に出していたほうが、選挙の顔として有利であるからである。しかし、今回、自民党が参院選で大勝すると、その後は3年間も選挙が無い与党独断の無競争状態に入る。今回選ばれる参議員達の任期も6年という途方もない長さである。

この状態では、もはや自民党に「改革の顔」は必要なく、本来、政治力を持っている自民党の旧態依然とした族議員らと、省益を守る霞が関の各省庁、既得権益業界の「鉄のトライアングル」が完全復活して、安倍首相の改革を妨害するようになることは、容易に想像ができよう。このブログでも何回か書いたように、既に現在、自民党の族議員と各省庁官僚の復権ぶりは凄まじいものがある。

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恐らくは選挙後に「安倍おろし」が始まるか、安倍首相を換えないまでも(麻生財務相という話もあるようだが、安倍首相に代わる顔は、容易には見つからないだろう)、菅官房長官らの側近を追い落として、安倍首相の権力を、実質的に無力化するような動きにでる可能性が高いと思われる。これは、国民がこれまで何度も見てきた自民党の「いつもの風景」である。

自民党守旧派や霞が関の官僚達にとっては、選挙後も安倍内閣の支持率が高すぎることは邪魔以外の何物でもないので、スキャンダルなどで適度に支持率を下げようとするかもしれない。今回の安倍政権では、前回に比べて嘘のように閣僚スキャンダルや官庁の失策が出てこないが、選挙後は、政権を倒さない程度に、いくつか出てくるのではないだろうか(前回は、閣僚スキャンダルの異様なリーク合戦や、社会保険庁官僚の自爆テロで政権が倒れた)。そして、内閣改造に追い込んで、守旧派大物議員を送り込んでくるというシナリオが考えられる。そうなれば、改革は無理である。

その意味で、実はアベノミックス推進にとって重要なことは、自民党大勝による「ねじれ解消」を実現することではなく、与野党を合わせた「改革勢力」が過半数を握ることである。改革勢力とは、官邸にいる側近や若手を中心とした自民党の改革派と、みんなの党、日本維新の会、民主党の一部である。安倍首相らがいくら族議員達に追い込まれても、野党の改革勢力と結んで改革を進めることができる。しかも、公務員制度改革などの本丸の改革も視野に入る。

現在、みんなの党と日本維新の会の「第3極政党」は、安倍首相に完全に改革の「お株」を奪われてしまっており、アベノミクスをはじめとする安倍首相の改革方針と「差別化」をするために、かなり苦しい闘いを強いられている。例えば、みんなの党は、自民党には真似のできない公務員制度改革断行を打ち出しているが、もはや公務員制度改革に対して、国民の関心は薄れてしまっており、あまりアピールできていない。

また、日本維新の会も、自民党には真似のできない「既得権に踏み込むような抜本的な規制緩和策」を盛んにアピールしているが、アベノミクスの第3の矢(成長戦略)との差は、素人目には実は分かりづらい。さらに、アベノミクスが全体としてうまくいっている以上、痛みを伴う抜本的な改革の必要性は、一般国民には届きにくいものと思われる。

それよりも、もともと、現在のアベノミクスや安倍首相が進める諸改革は、みんなの党や日本維新の会が先に訴えていたものなのだから、堂々とその支持と協力を打ち出して良いのではないか。良く考えれば、高橋洋一氏や竹中平蔵氏など、安倍政権のブレーン、もしくはその政策に影響力を与えている人々は、みんなの党や日本維新の会のブレーンと重なっている場合が多い。また、国民の支持層もかなり重なっていると言える。衆院選前に第3極政党を支持していた人々が、現在、安倍政権を支持しているのである。

むしろ、アベノミクスをはじめとする諸改革を確実に断行させるために、みんなの党や日本維新の会が「必要不可欠」であり、自民党の族議員達に力をつけさせては安倍首相、アベノミクスが危ういと言うことを、声を大にして主張すべきである。ポイントは、自民党を安倍首相やその側近らの「改革派」と、族議員らの「守旧派」の2色に色分けして、前者を支持し、後者のみを敵とすることである。安倍首相が看板である自民党全体を一枚岩として、敵に回すのは得策ではない。

つまり、小泉元首相の「自民党をぶっ壊す」、「小泉改革に反対するのが抵抗勢力である」という政治手法を、今度は第3極政党が利用するのである。改革派と守旧派の色分けは、もともと自民党改革派出身者の多い第3極政党にはお手の物であろう。これは、実は国民にとっても「慣れた構図」であり、非常に分かりやすい上、選挙の短い期間でも受け入れやすい。

実は、多くの国民は、4年前までの自民党の族議員政治、官僚依存政治を決して忘れている訳では無く、4年前と同様、依然として辟易としているのである。かといって、もう民主党政権は懲り懲りであるが、自民党を大勝させて昔の自民党が復活することも望んでいない。安倍首相は応援したいが、族議員等の守旧派は応援したくないのであり、国民も悩ましいところなのである。

そうした時に、「アベノミクスをはじめとする改革を進めるために、むしろ第3極政党を支持するほうが近道である」、「それこそが、改革派の勢力を広げると言う意味で、真の『ねじれ解消』になる」というスローガンを出せば、それはそれなりに国民の心に届くように思われる。安倍政権に必要なのは、「遠くの族議員よりも、近くの野党(第3極)」なのである。

しかし、そう主張するには、第3極政党は、かつての民主党のように「反対のための反対」や、単に政権交代を起こすためだけの「ねじれ国会の悪用」は絶対にしないと言うことを「公約」しなければならない。今回の問責のように、意見の違う野党と協調して、重要法案を廃案にするような矛盾した行動は絶対にしないことを国民の前に誓うべきである。また、現在の民主党施行部に接近したり、共産や社民を含む全野党協調路線をとるようなことがあれば、それは自殺行為と言えるだろう。

それにしても、今回の党首討論や幹事長討論で改めて感じたことは、みんなの党と維新の会の政策の近さである。私の専門である社会保障分野など、ほとんど瓜二つと言える。なんとかもう少し協力し合えないのだろうか。そして、維新の会は、もう少し政策が近い者同士で純化できないものかとも思う。

もう一言。そう言えば、自民党選挙公約(マニフェスト)で、インフレ目標が2%から1%に引き下げられたことが、エコノミストの間で話題になっている。安倍首相があれほどこだわっていた2%のインフレ目標でさえ、自民党のフィルターを通ると1%になってしまうのである(名目成長率3%、実質成長率2%を目指すとされているから、差し引きすれば1%ということになる。GDPデフレーターとCPIは違うなどという野暮なことは言わないこと)。

実は、この1%というインフレ目標の数字は、長期金利上昇を警戒する財務省が主導した「骨太の方針」から、そう書き換えられているのであり、同じ勢力が選挙公約づくりを主導したといえよう。安倍首相とその側近達は、身内であるはずの自民党や霞が関の官僚たちに、気を抜くと後ろから矢を射られる世界に生きているのである。自民党の外からの協力が必要なことは明らかである。


編集部より:この記事は「学習院大学教授・鈴木亘のブログ(社会保障改革の経済学)」2013年7月7日のブログより転載させていただきました。快く転載を許可してくださった鈴木氏に感謝いたします。オリジナル原稿を読みたい方は学習院大学教授・鈴木亘のブログ(社会保障改革の経済学)をご覧ください。