「携帯電話をお切りください」の無益な責任論 --- 山口 俊一

アゴラ

お盆休みに、帰省や旅行で電車やバス、飛行機などを利用する人も多いだろう。電車に乗れば「優先席付近では携帯電話の電源をお切りください」、飛行機に乗れば「携帯電話など電波を発する電子機器の電源をお切りください」とアナウンスが流れる。さすがに飛行機で、離着陸時に携帯電話をいじっている人は見かけないが、電車の優先座席では皆当たり前のように携帯電話・スマホを眺めている。

もう既に議論されてきたテーマかもしれないが、この時季、改めてこの問題を考えてみたい。


「電車の中では、携帯電話の通話をご遠慮ください」 これは、通話の声が周囲の迷惑になるから。「乗客同士が大声でしゃべっている方が迷惑だ」という意見もあろうが、しゃべらないでくださいとは言いにくので、せめて通話はご遠慮ください、ということだろう。一方、「優先席付近では携帯電話の電源をお切りください」は、心臓のペースメーカーに誤作動を生じさせる恐れがある、というのが元々の理由であろう。ところが、一方で携帯電話の電波によって、ペースメーカーが誤作動を起こし死亡者が出た例は報告されていないという。

「でも、万が一があるじゃないか」「ペースメーカーをつけている人の不安を考えろ」という反論もあるだろう。確かにその通りなのだが、現にほとんどの人は優先座席付近でも電源を切っていない。逆に、「電源をお切りください」が及ぼす悪影響について考えてみたい。

優先座席に座っているとして、

・携帯をいじっている人・・・ちょっと周りから白い目で見られる(でも、これは仕方ない)。罪悪感を感じる(感じない人も多いだろうが)。

・携帯の電源を切っていない人・・・ちょっと罪悪感を感じる。携帯をいじっている人には、「あんなに大っぴらに使って」という非難の感情をもつ。

・携帯の電源を切っている人・・・いちいち電源を切る面倒が生じる。自分が電源を切ったかどうか不安になる。携帯をいじっている人や電源を切らない人に非難の感情をもつ。

・ペースメーカーをつけている人・・・ほとんど電源が切られていないことを知っているので、不安になる。携帯をいじっている人や電源を切らない人だけでなく、それを注意しない乗務員に対しても非難の感情をもつ。

・車掌などの乗務員・・・ほとんど守られないルールを、見つければ注意して回らなければならない。注意しない場合は、罪悪感をもつ。

・子供・・・大人がルールを守らないのだから、自分たちも守らなくてもよいと思ってしまう。

このような人々の心理的負担を、毎日何百万人、何千万人という単位で生み出している。

首都圏を中心とする通勤ラッシュは日本人の生産性を大きく損ねていると思うが、携帯電話の電源問題もそれに匹敵するくらいマイナスの影響を及ぼしているのではないか。ペースメーカーをつけている人を含め、誰も得をしているとは思えない。「それなら、もしアナウンスを廃止して事故でも起こったら、お前責任とれるのか」と言われれば、確かに責任はとれない。「大丈夫」と言い切れるだけの、医学的もしくは技術的な知識も持ち合わせていない。

でも、この問いこそが、電鉄会社が優先座席のルールを変更できない最大の理由ではないか。

「もしアナウンスを廃止した途端、ウチの車両で事故が起こったら」

電鉄会社の役員会を想像しただけで、即却下だろう。

かくして、誰もが何かおかしいと思いながら、根拠の定かでないアナウンスが明日以降も流れ続ける。マスコミや、誰か詳しい専門家の方々に、今一度議論を盛り上げてもらいたい。私自身、全くの無責任で申し訳ない限りではあるが。

山口 俊一
株式会社新経営サービス
人事戦略研究所 所長
人事コンサルタント 山口俊一の “視点”