大学入試は「人物」をみる場ではない

2013年10月12日 12:10

政府の教育再生実行会議が、大学入試を「人物本位」にするため、全大学共通の「新テスト」を創設し、その成績を何段階かにランクづけして、2次試験では面接で選抜する「改革」を提言するようだ。


毎日新聞が「国公立大入試:2次の学力試験廃止」と書いたのは飛ばしすぎで、提言は国公立に限ったものではなく、ペーパーテストを廃止すると決めたわけでもない。ただ、下村文科相が「暗記・記憶中心の入試を2回も課す必要はない」といい、この方針に従う大学には補助金を出すとしていることから考えると、国公立については2次試験でペーパーテストを廃止する可能性もある。

この問題については前から何度も書いたが、競争の少ない日本社会で唯一の真剣勝負の場が大学入試のペーパーテストなので、これをやめるとコネ入試がはびこって学力がさらに低下するおそれが強い。現実に私立大学の半分以上は定員割れで入試がなくなり、早稲田の政経学部でも一般入試による入学者が40%という学歴のインフレが進行中だ。これを一番よく知っているのが大企業の人事担当者で、彼らによると学生を選抜するときの原則は

  • 大学院は無視する(学歴ロンダリングが多い)。

  • 在学中の成績も無視する(特に文科系)。
  • 私立大学は、MARCH未満の学歴は無意味(大学名は無視)。
  • リクナビなどで応募しても、私立下位校は学校名ではじかれる。
  • 情実入学の多い大学は、高校名をみて一般入試かどうか判断する。
  • 学歴として信頼できるのは、ペーパーテストで入学している国公立だけ。

ということだ。企業は面接で採用するので、その前の「1次試験」として学力があるかどうかをみるのが大学入試の役割だ。これが私立では信用できないので、情実入学のない国公立の採用率が上がっているのが実情だ。ここで国公立まで「人物本位」にすると、大学の唯一の機能であるシグナリングの役にも立たなくなってしまう。

もちろん私立大学が多様な入試で採用するのは自由だし、個性ある才能が出てくるかも知れない。しかし国公立でそれを強制するのは危険だし、私立を補助金で誘導するのもよくない。入学後の追跡調査でも一般入試の学生のほうが有意に成績がよく、企業の人事も「国公立のほうがはずれがない」という。

文科省はいまだに勘違いしているようだが、ハーバードやスタンフォードと日本の普通の大学を比べて、入試をまねれば学生のレベルもハーバード並みになると思ったら大きな間違いだ。たしかに世界の一流大学は面接を含む多段階の選抜方式をとっているが、広瀬隆雄氏も指摘するようにそれは全体の1~2%の超エリート校だけの話で、入学後の競争が激しいので、コネで入学しても卒業できない。

日本の普通の大学に期待されているのはアカデミックな研究ではなく、実用的な職業教育と公正なフィルタリングであり、普通の労働者に必要なのは「人間力」ではなく基礎的な学力なのだ。それさえあやしくなったといわれているとき「人物本位」にしたら、学力はますます低下し、人的資本は劣化する。ペーパーテストで計れないような天才は、しょせん日本の大学ではその能力を発揮できないので、海外に留学したほうがいい。

池田 信夫
アゴラ研究所所長 青山学院大学非常勤講師 学術博士(慶應義塾大学)

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