国民を信用しない憲法 - 『憲法で読むアメリカ史』

池田 信夫
憲法で読むアメリカ史(全) (学芸文庫)
阿川 尚之
筑摩書房
★★★★★



1788年にできたアメリカ合衆国憲法は、世界でもっとも古く寿命の長い憲法である。その3年後にできたフランスの憲法は2年しかもたなかったが、合衆国憲法は225年以上、何度も修正はあったが、ほぼ原型のまま続いている。これはその制度設計がすぐれていたためだろう。アメリカを理解するためには、憲法を理解することが不可欠である。

Constitutionというのは文字通り訳せば「構成」で、合衆国憲法は各州の法律をつなぐ条約のようなものだ。独立した当時の13の州(State)は主権国家で、独自の軍と法律をもっていた。課税も各州でやるので連邦政府には独自の財源がなく、州際取引には関税がかけられた。ただ独立戦争ではバラバラに戦っていては勝てないので、一種の軍事同盟としてアメリカ合衆国ができたのだ。

だから各州は当初、連邦政府が宗主国のように各州を支配することを恐れ、憲法に反対した。これに対して建国の父は『ザ・フェデラリスト』で連邦政府の必要性を説き、「小さな共和国の直接民主制は一時の感情に左右されて衆愚政治に陥るおそれが強い」と論じた。連邦政府の独裁を恐れる各州の指導者を説得するために権限を議会と大統領に分散し、最終判断を司法にゆだねた。

したがって合衆国憲法の最大の特徴は、各州の独立性を尊重し、連邦政府を特定の州が動かさないように歯止めをかけることだ。同時に起こったフランス革命では流血の大惨事になったので、憲法を超える「国民主権」を認めない。大統領には予算編成権も法案提出権も宣戦布告の権限もなく、その仕事は議会のつくった法律を執行することに限定されている。このように徹底的に国民を信用しないことが、長持ちした秘訣だろう。

こうしたバラバラの国家をまとめる上で司法が最終的な決定権をもつため、連邦最高裁の判決がしばしば歴史を動かす。南北戦争は奴隷を解放する判決がきっかけで起こり、妊娠中絶の合法化は一人の女性が州政府に対して起こした訴訟が原因だった。こういう司法が強すぎる「国のかたち」には批判も多いが、共通点のない個人をルールでまとめる制度はグローバルには強い。

本書は10年前に出た本を書き直した新版で、旧版より記述がかなり整理されている。日本とはまったく違う国の憲法だが、役所の法的根拠のない「指導」に素直に従う日本人が、このように徹底した法の支配に学ぶべき点は多い。