有馬純
日本貿易振興機構ロンドン事務所長、経産省地球環境問題特別調査員
(IEEI版)「(1)再エネ振興策の見直し」「(2)競争力への懸念」
本年1月に発表された「2030年に向けたエネルギー気候変動政策パッケージ案パッケージ案」について考えるには、昨年3月に発表された「2030年のエネルギー・気候変動政策に関するグリーンペーパー」まで遡る必要がある。これは2030年に向けたパッケージの方向性を決めるためのコンサルテーションペーパーであるが、そこで提起された問題に欧州の抱えるジレンマがすでに反映されているからである。
単一目標か複数目標か
グリーンペーパーで提起された第1の論点は2030年の目標のあり方である。目標事項を一つにするのか、複数にするのか。目標に法的拘束力を持たせるのか、その水準をどうするか、EUワイドなのか各国レベルなのかなどがその内容である。ここで注目されるのは20:20:20(90年比で温室効果ガス20%削減、最終エネルギー消費量に占める再生可能エネルギーの割合を20%に、エネルギー需要の20%削減)目標に象徴される2020年パッケージの複数目標について見直しの姿勢を示していることである。
何度か書いてきたように、欧州ワイドのみならず、各国別にまでブレークダウンされた再生可能エネルギー目標は、電力部門における強制買取制度のバックボーンとなり、欧州債務危機による電力需要の低下ともあいまって電力部門の炭素クレジット需要を抑圧する効果をもたらした。EU-ETSの担当者は「排出量取引の最も優れた特質は、温暖化ガス削減のための最も経済的な手法を自由に選べることである。温室効果ガスの大口部門である電力セクターにおいてコストを度外視した再生可能エネルギーの買取を義務付ければ、費用対効果の高い手法の選択を許容するという排出量取引のメリットが大きく減殺される」と嘆いていた。
この点については、欧州各国でも意見が大きく異なっている。英国は伝統的に市場メカニズムを信奉する度合いが強いこともあり、2030年パッケージにおいては温室効果ガス削減目標が一本あれば十分との立場を取っている。
英国には再生可能エネルギー目標について苦い思い出があったものと思われる。2020年20%というEUワイドの目標の中で、英国には2020年15%という目標を割り当てられた。数字としてはもともと再生可能エネルギーのシェアの高いスウェーデンに比べるとずっと低いが、2005年時点の実績が2-3%であることを考えると、英国の目標がいかに野心的なものだったかがわかる。エネルギー供給全体の15%を達成するためには、輸送部門がほぼ100%石油であることを考えれば、発電電力量の30%を再生可能エネルギーで賄う必要がある。当時の英国のエネルギー総局長は「英国の現状を考えれば余りに非現実的」として当時のブレア首相に翻意を促したが、受け入れられるところとならず、職を辞することとなった。
彼とは私がIEA時代からの知り合いであり、ロンドン着任後、昼食を共にしたが、その際、「エネルギー政策が政治家のおもちゃになった」と述懐していたことを思い出す。しかも再生可能エネルギー目標は新たな雇用を生むという謳い文句であった。しかし目標設定当時のモデル計算を見ると、期待される雇用効果は国によって異なり、スペインではネットプラスだが、英国ではネットマイナスという試算結果になっていた。こうした経緯に加え、各国のエネルギー政策の懐に手を突っ込むような国別再生可能エネルギー目標は、EU離脱論や反ブラッセル感情が強まる中で英国にとってますます受け入れにくいものになっている。
(図表1)EUの再生可能エネルギー目標と国別内訳
これに対し、ドイツ、フランス、スウェーデンなどは再生可能エネルギーについてもEUワイドと国別目標を設定すべきであると強く主張している。英国のある学者は、ドイツが再生可能エネルギー目標にこだわる理由として、「自国の再生可能エネルギー産業を振興し、EU域内への輸出拡大を図るための産業政策的観点ではないか」と言っていた。
シティが強く、金融商品的な排出量取引を第一義に置く英国と、再生可能エネルギー産業振興的な観点を重視するドイツのお国柄の違いが出て興味深い。もっともドイツの再生可能エネルギー支援策のベネフィットを最大限享受したのは中国の太陽光パネル産業であり、ドイツのQセルズが倒産の憂き目にあったことを考えると、このドイツの狙いの妥当性も疑問なしとしない。
政策措置の整合性
第2の論点は政策措置の整合性をどう確保するかという点である。エネルギー政策は複数の政策目的を追求しているため、政策措置の間にコンフリクトが生ずることは珍しいことではない。ドイツが温暖化防止のために再生可能エネルギーを推進しながら、エネルギー安全保障、国内資源保護のために褐炭に対して補助金を出しているのはその典型的な事例である。しかし同じく温暖化防止を目的とする複数の施策の間でもコンフリクトが生ずることにも注目する必要がある。上に述べたように再生可能エネルギー義務の存在が結果的に排出量取引の機能にマイナスの影響を及ぼしている。
国際競争力への影響
第3の論点はEU経済の国際競争力への影響である。グリーンペーパーを読んだ際、最も目に付いたのが「国際競争力」というキーワードがあちこちに出てきたことである。もともと「各国にさきがけて温暖化対策、グリーン政策を行うことが新たな雇用、技術を生み出し、EU経済の国際競争力を強化する」というのが欧州の謳い文句であった。しかし米国がシェールガス革命によってエネルギーコストの低減と石炭からガスへのシフトによる温室効果ガス排出の低減という二重の配当を享受する中で、そんなことばかり言っていられなくなってきたようだ。
グリーンペーパーを踏まえ、欧州ワイドの産業団体ビジネス・ヨーロッパが欧州委員会に出したレターの中では「EUは競争的なエネルギー価格を確保すべき」「エネルギー供給を多様化し、再生可能エネルギー、石炭、原子力、シェールガスを全て活用すべき」、「米国経済はシェールガスで安価なエネルギーコストを享受する一方、欧州経済はETS、再生可能エネルギー政策、電力市場構造等の高コストの政策によって低迷している」と、これまでの欧州のエネルギー政策を厳しく批判している。
2030年パッケージの概要
以上のような論点について、昨年いっぱい、パブリックコメントを含め、種々の議論が行われてきたが、本年1月に2030年のエネルギー環境政策目標の素案が発表された。その主要なポイントは以下の通りである。
◆2030年までにGHG排出量を90年比マイナス40% とする。うち、EU-ETS部門は2005年比マイナス43%に、非EU-ETS部門は2005年比マイナス30%とし、後者については各国間で割り振りを行う。
◆EU-ETSを強固で効果的なものとすべく、次期取引期間が開始する2021年初頭に市場安定化リザーブを導入する。
◆再生可能エネルギーのシェアを2030年最低27%とする。これはEU全体の目標として拘束力を有するが、各国の国情に合わせたエネルギーシステム改革を可能にするため、EU指令の形で各国別の目標を設定することはしない。
◆省エネ指令を2014年末までに見直す。
◆Competitive, Affordable, Secure なエネルギー供給を確保すべく、複数の指標、例えば貿易相手国とのエネルギー価格差、供給多様化、国産エネルギーへの依存度、加盟国間の接続能力などを設定する。
◆各国のエネルギー計画がEUレベルでの整合性を確保する共通のアプローチに基づくものとなるよう、新たなガバナンスフレームワークを構築する。
◆2030年パッケージの検討材料として、欧州委員会はエネルギー価格、コストに影響を与える要因、主要貿易相手国との比較に関する報告書を提出する。
このパッケージは欧州委員会の案である。ちなみにこの種のパッケージ案はエネルギー総局、気候行動総局が中心になって策定されるが、企業・産業総局、競争総局を含む関係局とも合議をし、最終的には28人の委員による「閣議」で決定される。今後、大臣レベル、首脳レベルの理事会、更に欧州議会で議論され、欧州委員会の現体制の下で2014年10月までに最終決定される予定だ。
パッケージを巡る議論
パッケージ案を巡っては、1月の発表以降、種々の議論が行われている。 第1が排出削減目標のレベルである。英国、ドイツ、フランス、北欧等のいわゆる西欧諸国が総じてマイナス40%目標を支持しているのに対し、石炭依存の高いポーランドを初めとする東欧諸国は、国際交渉において他国の出方を見極めることなく、EUが野心的な目標を出すことに反対している。
問題を複雑にしているのは、EUワイドで最も費用対効果の高い削減をしようとすると、EU域内で炭素原単位が高く、エネルギー効率が低く、かつ所得水準の低い国々(即ち東欧諸国)での削減が必要になるということだ。
ポーランドのコロレツ環境大臣は、「西欧諸国の野心のために中東欧諸国が犠牲になる。公平性の確保が重要だ」と主張している。ただマイナス40%目標については、EU-ETSで発生する余剰排出枠を活用すれば、限定的な追加コストで達成できるとの分析もあり(3月7日付手塚宏之氏「EUの2030年40%削減目標は野心的か」参照。)、余剰排出枠の扱いについてはパッケージ案では(恐らく意図的に)曖昧になっている。マイナス40%という数字は維持しつつ、余剰排出枠を活用して東欧諸国の反対を押さえ込むというオチになるのかもしれない。
第2が再生可能エネルギー目標の扱いである。欧州委員会の案ではEUワイドで拘束力ある目標を設定する一方、各国別の目標は設定しないとされている。これは単一目標で十分という英国と、再生可能エネルギー目標が必要というドイツ、フランス、スウェーデン等の立場を足して2で割ったようなものだ。しかし各国別の目標がない中で、どうやって「最低27%」の拘束力ある目標を達成しようとするのか判然としない。
英国は欧州委員会の案を歓迎している一方、環境団体や再生可能エネルギー業界は各国別の強制力のある目標のないEUワイドの目標は実効性に乏しいとして強く批判している。2月の欧州議会では、2030年のパッケージは2020年と同様、3つの目標を持つべきだとの決議がなされた。この決議には強制力がないとはいえ、それなりの影響力は持ち得る。
第3が新たなエネルギーガバナンスの扱いである。欧州委員会の案は、1各国のエネルギー計画策定に当たっての詳細なガイドラインを欧州委員会が作成する、2各国はそれを踏まえ、隣国とも協議しつつ、エネルギー計画を策定する、3欧州委員会は各国のエネルギー計画がEUのエネルギー環境目標の達成に十分かどうかを評価し、それが不十分な場合は計画内容を強化するための協議を行う、というものである。
これは従来、各国に委ねられていたエネルギーミックスに対するブラッセルの関与を大幅に拡大することを意味する。上記の再生可能エネルギー目標27%をEUワイドで達成するためのツールとしても使うことを想定しているのであろう。この提案についてはEU加盟国の反発が強いようだ。オランダは「欧州委員会は各国のエネルギーミックスを『承認』すべきではない」と述べている。
このような議論は、ある意味で昨年のグリーンペーパー発表以降、行われてきたものの延長であり、十分に想定されるものであった。しかし、今年の春、ただでさえジレンマに直面した欧州のエネルギー・環境政策に新たな難問が突きつけられた。ロシアのクリミア介入とこれに伴うウクライナ問題である。
(全5回、その4に続く)