インフレになれば、投資が活発化するのだろうか?

大西 宏

少し前まで、インフレになれば、どんどんお金の価値が下がっていくので、お金のままで持っていると損になるから急いで消費しようとし、消費が伸びるというお話が蔓延していました。こんな理屈は当たり前でしょ、そんなことが理解できないのという感じでした。
しかし庶民感覚としては、心のなかで、そんな理屈で誰もがどんどんお金を使い始めるとは信じられず、そこまで言うのならちょっとインフレを起こして検証してみたらと傍観しておりました。しかし、お気の毒なことに、インフレどころか物価上昇率が下降線をたどりはじめ、その前提すら崩れてきています。


物価上昇率はどんどん下がってきています。総務省が先月末に発表していた生鮮食料品を除く物価指数は、前年比2.5%上昇で、消費税の影響を除くと0.5%にしかすぎません。総務省とは統計の取り方が異なり、もっと生活実感に近い東大日次物価指数では、もうすでにマイナスが連続しており、再びデフレ状態に戻ってしまった感じですらあります。
東大日次物価指数プロジェクト

つまり、金融緩和で円安となり、輸出産業にとっては恵みの雨となりましたが、輸入物価が上昇したにもかかわらず、価格に転嫁できない状態が続き、国内産業の経営を圧迫する状態に陥いる結果となりました。

そもそも前提が変ですね。インフレ率でなにかの購入を決定するという思考回路はよくわかりません。ついていけません。

また、池尾和人教授がアゴラで書かれているように、むしろインフレは消費を下げる心理がはたらいてくることだってありえるのです。

物価が上昇すると、急いで消費しようとするのではなく、将来の生活防衛のために消費を手控えて貯蓄を増やすような行動をとる人が、むしろ多いというのが実情のようである

デフレは消費抑制、インフレは消費促進? : アゴラ – ライブドアブログ

むしろインフレ期待よりは、所得がこの先どうなるか、実質所得向上の期待のほうがダイレクトに消費心理を変えます。将来所得があがる見込みがあれば、さあ、今はローン支払いが厳しいけれど、思い切ってマンションを購入しようという感じが普通ではないでしょうか。今年のボーナスはかなりよさそうだから、ちょっと車を買い換えようかという気分にもなります。

いえいえ、その通りで、インフレ状態をつくれば、やがて所得もあがってくるのでそうなってくる、もうすこしの我慢だということも言われてきましたが、こんな不確実性が高く、先行きがよくわからない時代にのんびりしたこと言ってるなと感じてしまいます。それよりも国際経済の不調がどう響いてくるのかのほうが心配になります。

所得があがるためには、勤めている会社、あるいは自らが経営している会社の業績、とくに利益があがることが不可欠です。しかし、インフレになったからといって、企業の利益が自動的に増えるとは限りません。むしろ、それで調達コストがあがってしまえば、経営が圧迫されて利益がでなくなり、給与を下げざるをえないという会社もでてくるかもしれません。

それよりもインフレであっても、デフレであっても、ビジネスがうまく回れば、利益が増え、給与をあげることもできます。そんな流れができて、消費が旺盛になれば、結果として物価は上昇します。そして、ビジネスがうまく回るかどうかは、それこそ、それぞれの会社の経営の問題です。

さて、企業経営に話を移してみましょう。物価があがりそうだと感じるとお金の価値が下がるから、今のうちに投資しておこうという機運が高まるという話でした。そんなことで投資を前倒しする会社がどれだけあるのでしょうか。投資は、もちろん実質金利も影響するのでしょうが、それよりも、はるかに、そこに勝算があるから、あるいは成功の見込みを確信するから投資するというのが普通の経営心理ではないでしょうか。

しかも、今日は投資したからその分を稼げるという甘い時代ではありません。将来の需要を見込んで、思い切った設備投資を行なったものの、競争環境が激変して、稼ぐはずだった設備投資がむしろ裏目となってしまって、経営が行き詰まるということがあちらこちらで起こっているのが現実です。

大企業にかぎらずスモールビジネスにいたるまで投資するリスクは高まってきています。つねに投資し、チャレンジしつづけているから独自性を保ち、成長も勝ち取れる一方で、投資した結果がかならずしも成果として実ってくれるとは限らない時代になってきています。かなり思い切った投資をしても、見返りを得ることができなかったということだっていくらでも起こっています。

投資リスクが高まってくると、経営も慎重になってきます。銀行がいくら融資してくれるといっても、失敗すれば借金として返済していかなければならなくなります。その返済で経営が苦しくなってしまった企業の例もいくらでもあります。

太陽光パネルのように買取価格が決まっていて、投資すれば確実に儲かるという話は今どき稀有な話で、だからみなさんソーラの設置に殺到したのです。ふつうのビジネスではありえない話です。

いいたいのは、ビジネスはさまざまな要素をどう組合せるかの世界です。どう組合せるかのストーリーなり、シナリオが戦略です。業種によるのでしょうが、インフレや金利がどうのこうのというのはそのなんのひとつの要素にすぎないので、お金の価値が下がるから今のうちに、もっと投資をしろというのは無理があります。

もし、インフレが予想され、お金の価値が減るので、今のうちに資金を借りて、とりあえず老朽化した設備を入れ替えておこうという話に、納得する株主さんがいるのでしょうか。

生活者の消費が促されるためには、インフレ期待ではなく、将来所得があがるという期待と確信が鍵となってきます。企業の投資が促されるという点でも、インフレ期待ではなく、チャレンジする値打ちのある課題が増える、そこにビジネスの成長チャンスを感じ、戦略が組み立てられてはじめて投資が行われます。

もともと最初から成長戦略が本命の政策で、それ以外は一時のカンフル効果でしかありません。そして、肝心の成長戦略は、まだ手応えのある具体的な中味がでてきていません。ここが知恵の出しどころなのでしょう。

機運を変える政策への期待は国民のなかに強くあり、あとは与野党が、どれだけ集中して政策コンペを行い、丁々発止と議論してくれるのかにかかっています。そうなれば、世の中の気分も変わって、明るくなりそうです。

その鍵は規制緩和でしょうし、地方主権への移行でしょうが、その両方を含め、まずはこの5月の大阪都構想の住民投票結果が今年の大きな焦点になってきそうです。

それにしても、もうそろそろ、一部にまだ根強くある、規制緩和は格差を広げるというワンパターンな発想からは卒業してもらいたいものです。なにを緩和するのかで中味は大きく異なってきます。ビザ発給条件の緩和や免税品目拡大も規制緩和のひとつですが、それは海外旅行者が日本により多くのお金を落としてくれること
にはつながりましたが、格差拡大とは関係ありませんね。