福島の海は誰のものでもない-責任を考える

2015年03月11日 00:18

西本由美子
NPOハッピーロードネット理事長

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(写真)汚染水問題で東電への自治体からの申し入れ(NHKニュースより)

日暮れてなお道遠し

福島県広野町に帰還してもう3年6ヶ月も経った。私は、3・11の前から、このままでは良くないと思い、新しい街づくりを進めてきた。だから、真っ先に帰還を決意した。そんな私の運営するNPOハッピーロードネットには、福島第一原子力発電所で日々作業に従事している若者が、時々立ち寄っていく。


20代、300代の彼らからすると、私は母親より年上なので、みんなは“オババ、オババ”と親しく呼んでくれます。

そんな彼らが「自分たちの生まれ育った町が元通りになるように、作業には頑張っているけど、一体いつまでこの状態が続くんだろうと思うとちょっとやりきれない」と、私に愚痴のように言って帰っていく。愚痴ならいつでも聞いてやるよという思いです。

そんなところに、今回の“K排水路”の汚染水問題です。私は耳を疑いました。そんな話は聞いたことがない。聞けば、原子炉建屋から出て来る汚染水とは別物だという。『ええ!?どうして』皆がそう思うでしょう。要するに元が雨水だからというのですが、海に流れ出れば、建屋から出て来ていなくても同じように海をよごしますよね。どうして、そういう視点がないのでしょう。

この問題には2つの重大なことが潜んでいるように思います。

1)東電だけでなく、関係者(経産省エネ庁、規制委員会・規制庁)のみならずマスコミも県も前から知っていたらしい

2)こういうことが繰り返すなら、現場の最前線で収拾作業をしている若者達にやがて嫌気がさしてこないか

ということです。

やれやれ、日暮れて今なお道遠し・・・というより逆戻りしているのではないかと恐ろしくなってきます。この気持ちを、これまで長年原発の電気をつくって送り続け、今なお、原発の代替である火力発電所がこの地から電気を送っている首都圏の皆さんに是非分かって欲しいのです。

無責任の連鎖

『住民不在なんだよ!』

2月27日金曜日深夜、田原総一朗さんの『朝まで生テレビ!』に出演して、私は心の中でこの“住民不在”をずっと叫び続けていました。

東電もエネ庁も規制委員会もマスメディアも、目線が住民に合っていないじゃないですか。これは、帰還後復興庁との折衝で何度も痛いほど感じて来たことです。地元選出の政治家にしたって、いったいどっちの方向をみて仕事をしているのか分からない。復興は遅々として進まない。新しいまちづくりも進んでいません。そこにきてこの“雨水”汚染水問題。私達地元住民の気持ちが少しでも分かっていたら、すこしでもそこにピントを合わせようとしていたら、今回のようなことは起こらなかったのではないかと思います。

東電のみならず、経産省、エネ庁も規制委員会も責任の回避、なすり合いというより、テレビや新聞記者のまえで“パフォーマンス”に走っているとしか思えません。良い大人が権力を振りかざして、情けない。恥ずかしいとは思わないのでしょうか。

雨水のことは“法律に書いてないから規制の対象にはならない。”理屈はそうかもしれませんね。しかしね、それぞれの責任ある立場の人が、もう少し親身になって地元民と国民に向って丁寧に説明していれば、ここまで事態は不愉快なことには発展していなかったと確信します。

そう思っていたところに、更に輪をかけるようなことが起こりました。『朝まで生テレビ!』の私の発言を聞いていて、説明の要があると思ったのでしょう。出演後、翌日すぐにエネ庁から電話が入って、担当官を月曜日に説明に寄越すというのです。

私は、昨年から、経産省の『廃炉・汚染水対策福島評議会』のメンバーを務めています。すでに1年が経ち、合計6回の会合が開かれています。しかし、この評議会の場で、今回の“雨水汚染水”の問題は一度たりとも取り上げられていません。汚染水問題はいったいつめどが立つのか、多核種除去施設(ALPS)の稼働状況等の説明は毎度のように受けますが、“雨水汚染水”のことなど聞いたこともなかったのです。わざわざ私の所まで来て、説明した役所の方も気の毒だと思います。しかし、色々話を聞いていると、私の中にある疑問が沸々とわき興って来ました。

『この問題は福島県庁の担当者は知っていたのではないだろうか』
そうすると二つのことが気にかかりはじめました。ひとつは責任のなすりあいです。責任のなすりあいこそが、復興が進まない根本原因だと思います。政治家だけではない、行政を与っている人達も。

もうひとつは、県には認識があったとすれば、もしかしたら福島漁連も知っていたのではないかと。こんなふうに疑心暗鬼になっても、なにも良くなることはないので、そんな思いは棄てました。でも一言だけ言っておきたいのです—-—『海はだれのものでもない!!』と。

説明の方が帰ったあとも、私は何かがおかしいと気になって仕方がありません。“こんなおかしなやり方を続けていると、ますます住民の信頼をなくすよ。汚染水対策福島評議会の名前が泣くなんて生易しい事態じゃないよ”と思うようになりました。霞ヶ関全体の思考方法や体質の問題が福島の地元住民を苦しめている。そして、そこを良い方向に動かして行けない政治の問題だとおもうのです。私達はいったいどうしたらいいのでしょうか。

一緒につくる未来

私は朝生が終わった後、スタジオに来ていた大学生とおぼしき観客の皆さんの前に歩み寄って、「今日はどうもありがとうございました!」と深々と頭を下げました。こんなオババの話に最後までつき合ってくれてありがとうという思いでした。それと同時に、この若者達の未来と福島復興の願いが私の中で重なっていました。

私が理事長をつとめるNPOハッピーロードネットでは、震災の前から未来へ向けてのまちづくりに励んで来ました。地元の青年会議所の皆もいつも応援してくれています。いまはいわきなどに避難していますが、先遣隊のように皆より先に地元に戻って、街の復興の準備をしたいと真摯に思っている子達ばかりです。

3・11の震災後は、日本全国から多くの励ましと支援を頂きました。いまもっとも力をいれているのは、いわきから南相馬方面までを貫く国道沿いに桜の苗木を植えて、10年後20年後に春には満開の桜で埋もれる“桜ロード”をつくることです。

一昨年は東京都下の高校生200名ほどが来てくれて、汚染地域で植樹をしました。あるテレビ局の取材記者が、植樹中の高校生に「(こんな汚染されたところで)コワくないの?」と誘導ともとれる意地悪な質問をしていました。私はその場面を見逃しませんでした。

聞かれた高校生は「学校で放射線のことはちゃんと習って来たのでコワくありません」ときっぱりと応えていた。私はそのとき『ああ、この子達なら未来を託せる。』そう思ったのです。だから、私は、朝生のスタジオの大学生達にも『ここに来てくれただけでもありがたい。みんなで一緒にやっていこうね』という思いを持ったのでした。

原発事故の被災地に桜を植え、道を作る桜ロード構想には安倍晋三総理もいち早く賛同して頂き、総理を記念した桜がすでに何本か植えられています。最近では、昭恵夫人もなんどもこの地に来られて、助けて頂いています。

嘆願書!?

私は、それこそ安倍首相に嘆願書を書こうかとさえ思っています。安倍さんはオリンピック誘致の頃、国連かなにかの場で堂々と湾内の汚染水は“under control”だ、だから安心して下さいと国際的に発信しました。今回の汚染水問題では、その安倍さん自身も裏切られたわけであります。

もうここまで来たら、安倍さんしかいない。安倍さんならなんとか分かってくれて、これまでより少しはまともな方向になるのではないかとついつい思ってしまいます。

政治家も役人も、今回の汚染水問題に潜んでいる問題点を原点に立返ってクリアしない限り、福島復興の足音は近づいて来るどころか、遠退いてしまうのではないかと危惧します。

私は責任の所在を明確にして欲しいのです。3・11の最大の教訓は責任の所在を明確にし、その任にある人が責任を全う出来るようにするということではなかったでしょうか?当時、いち早く現場を放棄したような人もいました。放射能の拡散の予測についても誰に責任があるのか結局うやむやになりました。今回の雨水汚染水問題をみていると、責任のなすり合いや放棄の酷さは、まったく変わっていません。そのことが怖いのです。これは今回の問題が改めて明らかにしてくれたことです。

そのことをいわば逆手にとって、未来への糧にすることが今私達みんなが挑むべきことではないでしょうか。

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