スカイマークをめぐる「ANAとデルタと立場と狙い」

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先日、YAHOOニュースにも掲載された「デルタ航空のねらいはなにか」の反響がありましたので、現状で把握している情報をもとに以下に整理します。

■既に流れはできている
既にデルタ日本支社トップがスカイマーク支援に改めて意欲を示していますが、これは何を意味するのでしょうか。多くの方は、70年代に ノースやパンナム727が 羽田や伊丹を飛び交っていた事実を知らないでしょう。ノースやパンナム727が 日本の国内線を飛び交っていたのは国際線のトランジット扱いで当該路線のみの搭乗は禁じられていました。727はそもそも国内線専用機です。これをわざわざアメリカから空輸して羽田や伊丹をホームベース化させて折り返し運航をしていました。

77年まで実施されていた、伊丹ワイドボディー離発着規制の背景があったにせよ、Nナンバーの727が国内幹線経路を就航していたのはまぎれも無い事実です。これを国内線ではないと言われる方がいますが、ならば逆にお聞きしますが、今日のコードシェアや、ハブアンドスポークの概念をどう説明するのでしょうか。お客様の立場になれば、最終目的地が太平洋であれば、大阪から新幹線で羽田に向かおうがANAの国内線を使おうが、パンナムのトランジット羽田経由を使おうが選択肢には変わりありません。純国内線にこだわることは極めてナンセンスです。

また何をもってスロットを押さえたとするかですが、スロットを押さえる手段は幾らでもあります。資本の形態次第ではデルタの塗装をさせたスカイマークを飛ばすことも可能です。ジェットスタージャパンも元々はオーストラリアのジェットスターです。遡るNナンバーのB2の時代から40年近くの年月の間に、今度はJAナンバーの外国キャリア塗装を施したエアバス320が地方ビームラインを飛び交います。これを誰が想像したでしょうか。手段があるからこそ現実的にデルタの問題が目の前にあるわけです。次に航空行政は、アメリカには弱い側面があることや時代背景を踏まえなければいけません。

■時代背景とはなにか
日米の航空行政には長い歴史的な背景が存在します。日米航空協定は1952年に締結されました。当時の協定に基づいた状況は次のように観察することができます。航空会社の数や路線などの権利については、日本が日本航空1社に対して、米国はノースウエスト航空、パンナム航空、貨物専門のフライングタイガー航空の3社であった点。路線の乗入れ地点数は日本はサンフランシスコなどの3地点(東海岸含まず)、米国側は東京の1地点でした。米国側国内のどこからでも羽田に飛べたのに対して日本は3地点に限定されていました。

その後、改善しますが、米国は羽田を東アジア各国へのハブとして位置づけていたため羽田からの無制限の以遠権は米国にとって大きなメリットでした。このような流れが80年代中頃まで継続していました。最後に「横田空域」問題があります。現在、米軍管理下の「横田管制」が空域を管理しているため横田空域を定期便のルートにすることはできません。各航空会社はこの空域を避けるルートを設定しています。このように日米の航空行政には様々な事情があることを忘れてはいけません。

しかし最も大切なことはお客様にとっての利便性です。デルタ航空の参入により市場が活性化して利便性が益すことは魅力であることは間違いありません。

●尾藤克之
ジャーナリスト/経営コンサルタント。代議士秘書、大手コンサルティング会社、IT系上場企業の役員等を経て現職。著書に『ドロのかぶり方』(マイナビ新書)、『キーパーソンを味方につける技術』(ダイヤモンド社)など。
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