日銀の異次元緩和による歪み

日銀の黒田総裁は米国のコロンビア大学における講演で、「マイナス金利付き量的・質的金融緩和は、近代の中央銀行の歴史上、最強の金融緩和スキームと言っても過言ではないでしょう。」と語った。マイナス金利付き量的・質的金融緩和は史上最強のスキームのようである。それはさておき、黒田総裁はこの講演で下記のような発言もしている。

「そもそも、金利がマイナスということは、お金を借りると利息がもらえ、逆にお金を貸すと利息を払わなければならないということですので、通常、起こりそうもないことです。しかし、近年、欧州の幾つかの中央銀行の経験から、民間金融機関が中央銀行に保有する当座預金にマイナス金利を適用するという手法によって、金融のプロフェッショナル同士の取引については「ゼロ金利制約」を乗り越えることができることが分かってきました。日本でも、欧州の中央銀行の経験に学びつつ、日本の状況に即した独自の工夫を加えたうえで、マイナス金利の枠組みを導入したのです。」

日本ではマイナス金利をどのようなかたちで金融のプロフェッショナル同士が乗り越えようとしているのであろうか。これについて金融機関の一部からは、顧客の口座に手数料を課すような動きが出ていることは以前に紹介した。今後も同様の動きは広がることが予想される。

債券市場では、すでに利回りがマイナスとなっている債券の取引については、マイナス金利でも運用可能な一部の海外投資家と、プライマリーディーラーを中心とした業者の売買がほとんどを占めている。業者の売買の後ろに控えているのが日銀である。つまり、日銀の国債買入があればこそ、マイナス金利での債券の取引が可能となっている。

しかし、入札で購入した国債を日銀に売却するまでタイムラグもあり、その間の金利変動リスクを業者が負うことになるが、それに対して日銀に高値で転売することを目的にしたとみられる不自然な取引が膨らんでいるとの指摘がある。

日銀は4月8日に実施したTDBの買い入れで、金融機関が応札できる額を予定額全体の2分の1から4分の1に制限し、制限を強化したが、これにはより高い価格で日銀に転売する、いわゆる「日銀トレード」を牽制したのではとの見方もある。

ただし、このトレードについて非難はできない。そもそもマイナス金利と日銀による大量の国債購入という異常な状況下、業者も食べていくためには手段は選べない。これはマイナス金利により、利ざやが圧迫された銀行も同様であろう。金利が奪われているのは何も金融機関だけに負担が掛かるわけではなく、それは結局、我々が本来得られるはずの利子をも奪われた格好になる。それではそれで誰がその分、利益を享受しているのか。

4月14日の日経新聞には、「インフラにゼロ金利融資」という記事が出ていた。政府・与党はインフラの整備に使う資金をほぼゼロの金利で民間企業に融資する仕組みを検討するとし、日銀のマイナス金利政策で発行コストが大幅に低下した国債を増発し、資金を政府系機関を通じて貸し出すそうである。

国債は10年債までマイナス金利で発行しているが、これは国債を発行すれば儲けがくるということになる。つまりマイナス金利は政府など大きな債務を抱えているところに恩恵を与えることになる。発行コストの削減はいずれその借金を返済する必要のある国民負担を軽減させるとの見方もできる。しかし、これにより財政規律の緩みが生じるという懸念も生じる。

この記事では、それとなく3兆円規模の国債増発としているが、これが今後いろいろなかたちで膨らむ可能性もある。そもそも国債の発行額は減少しているからといっても、新規の国債は発行され続けており、債務は減ってはおらずむしろ増えている。それを日銀の異次元緩和が見えにくくさせていることにも注意を向ける必要があろう。

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編集部より:この記事は、久保田博幸氏のブログ「牛さん熊さんブログ」2016年4月15日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方はこちらをご覧ください。