FC岐阜前社長から最後のメッセージ

2016年04月25日 18:10

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FC岐阜の取締役任期満了後、恩田聖敬個人としてのメッセージ

支えてくれたすべての人に『ありがとう』

ご迷惑をお掛けしたすべての人に『ごめんなさい』

本日の株主総会終結をもって、私は株式会社岐阜フットボールクラブ取締役としての任期を満了致しました。あっという間の2年間でした。結局、私はクラブの確固たる礎になることは、何も築けなかった気がしています。しかしながら、FC岐阜というクラブの持つ大いなる可能性は、示すことが出来たのではと思います。2年の間には色々なことがありました。

・2014年6月対ジュビロ磐田戦、歴代最高観客数15,138人を達成。

・練習環境の整備を求める署名活動を実施し、約16万人の方から署名を取得。

・その結果、クラブハウスが誕生し、悲願の「J1ライセンス」を受ける。

・2015年、一年を通して残留争いを演じながら、サポーターはチームを信じ共進共闘。

・サポーターの思いが、チームをJ3降格から救う。

これらはすべて、FC岐阜がきっかけとなり、引き出された「ぎふのチカラ」です。在任中、幾度となく助けてもらいました。

また、先ほどの株主総会でも報告しましたが、2015年シーズンは会社として『黒字決算』を達成することが出来ました。2014年シーズンは約1億5千万円の営業赤字でした。そんな中、経費削減ではなく、売上10億・スポンサー料5億という、身の丈を伸ばす目標を目指す選択をしました。結果、有言実行することができ、最低限の仕事はしたと、ホッとしています。

これも「ぎふのチカラ」です。ぎふという地域は、ちゃんと力を持っています。

私は、社長就任以来『FC岐阜がぎふの子どもになる』ことを、目指すべき姿として思い描いていました。

子どもの試合は、決勝戦でも練習試合でも見に行きます。勝っても負けても応援します。時に憎たらしく、時に頼りないけど、成長が感じられる時は嬉しくて、笑顔を見るだけでパワーをもらえます。決して縁は切れない存在、それが子どもです。

いつかFC岐阜が、ぎふにとって当たり前のように隣にいる、そんな存在になることを夢見ていました。私は実現出来ませんでしたが、いつかそうなることを願っています。

また、全国のサッカー関係者、特に他チームのサポーターの皆さまから、私のALS罹患について過分な励ましやご配慮をいただきました。そこからサッカーというものの、絆の凄さを実感しました。皆さまの仲間に入れていただいて、嬉しく思います。クラブ経営からは離れますが、これからも仲間として認めて頂ければ幸いです。

実はクラブからは、取締役の任期後も、何かしらの形でFC岐阜に残って欲しいという、有り難いお話をいただきました。心が揺れたのは事実ですが、結果としては御断りさせていただきました。ALSを患う今の身体では、FC岐阜に対して今まで以上の仕事は難しいです。いつかきっと、FC岐阜に貢献できない自分や成長しない自分に耐えきれなくなるのが目に見えてました。大好きな仕事だからこそ、中途半端にはできません。今後は純粋なサポーターとして、FC岐阜を応援していきます。

ただ、FC岐阜を辞めても、私の人生はまだまだ続きます。

最近娘が「大きくなったら、お医者さんになってパパの病気を治す!」と言っています。家族は未来においても、私が「パパ」として当たり前のように存在すると思っています。私自身もそう思っています。今まで通り「パパ」の役割を果たしたいです。

ALSになっても私は私。

社長を辞めても私は私。

FC岐阜の社長は務まらないですが、別の私らしく生きる道にチャレンジしていこうと思います。もちろんブログも続けていきます。後日、具体的なチャレンジ内容を報告させていただきます。

今後もよろしくお願い致します!

恩田聖敬

オフィシャルサイト https://ondasatoshi.com

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恩田 聖敬
株式会社まんまる笑店代表取締役社長

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