大統領候補者の“ふるさと論争”

オーストリア大統領の決選投票は来月22日、極右政党「自由党」で第3国会議長のノルベルト・ホーファー氏(45)と「緑の党」のアレキサンダー・バン・デ・ベレン前党首(72)の2人の野党候補者の間で行われる。このことは報告済みだが、両候補者の選挙ポスターでは偶然か恣意的か分からないが、ハイマートがメイン・テーマとなっている。ハイマート(Heimat)は「故郷」「ふるさと」を意味する独語だ。ただし、両候補者がアピールするハイマートの間には明らかに違いがあるのだ。

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▲ハイマートで争う大統領候補者、(左)バン・デ・ベレン氏と(右)ホーファー氏(自由党の公式サイトから)

ホーファー氏はオーストリア・ファーストを標榜する「自由党」副党首だ。難民政策ではジュネーブ難民条約に該当する難民以外は受け入れを拒否、経済難民・移民に対しては即送還を主張している。ホーファー氏の場合、ハイマートは先ず、オーストリアを意味すると受け取って間違いないだろう。それだけではない。ホーファ―氏はドイツ民族への憧憬心が強い民族主義的学生組合(Burschenschaft)の名誉メンバーでもある。

一方、バン・デ・ベレン氏の場合、先祖はオランダ人だったが、モスクワに移住した。しかし、1917年、ロシアにボリシェヴィキ政権が誕生するとエストニアに亡命したが、エストニアが1941年、旧ソ連共産政権に併合されると、家族はドイツに逃げ、そこからオーストリアのウィーンに亡命してきた。

同氏のハイマートはロシアでもエストニアでもないが、亡命先のオーストリアというわけでもない。ハイマートとは、国や民族に制限された狭い概念ではなく、「その人が安住できる場所だ」というのだ。

難民問題では、バン・デ・ベレン氏は紛争地から逃げてきた難民、移民だけではなく、困窮下の経済移民に対しても人道的な観点から受け入れるべきだと主張してきた。国境線の閉鎖、監視強化を訴えるホーファー氏の難民政策には強い抵抗を示している。

それでは、どちらのハイマートにオーストリア国民はより親しみを感じるのだろうか。ホーファー氏のハイマートがオーストリアとすれば、バン・デ・ベレン氏のハイマートには元々民族的な内容が乏しい。後者からみれば、前者のハイマートは民族主義的であり、外国人排他的だ。一方、前者から見れば、後者のハイマートは故郷を失った異邦人の似非国際主義というわけだ。

ホーファー氏は「『緑の党』は昔、オーストリアを愛する人間はくそくらえだ。オーストリアは“ならず者国家”だと酷評してきた」と指摘すると、バン・デ・ベレン氏は、「自由党の専売特許となったハイマートを取り返したい。自分自身は外国人だった。これからは完全なオーストリア人になる」と述べている(日刊紙「エーステライヒ」4月28日付)。

ちなみに、オーストリアはヒトラーの出身国であり、 第2次世界大戦でナチス・ドイツの戦争犯罪の共犯国だった。それだけにハイマートという言葉は戦後、久しくタブー視されてきた。ハイマートを主張し、それを政治的課題に掲げれば即民族主義者、極右派というレッテルを貼られてきた。

戦後70年が過ぎた今日、オーストリアでホーファー氏とバン・デ・ベレン氏がハイマートをメイン・テーマに大統領決選投票を争うというのは偶然ではないだろう。前者は極右政治家と呼ばれ、後者は進歩的左翼知識人と受け取られてきた。その両者の決選投票は戦後の総括の一幕ともいえる。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2016年4月30日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。