同じ論題ばかりに食傷する
書店に行きましたら、産経新聞社の「正論」、その親戚みたいな「Will」と並んで、花田紀凱責任編集による新創刊「月刊Hanada」が並んでいました。私は普段、「正論」も「Will」も買いません。新聞広告をみるか、店頭で手にとれば、何を言いたいのかが、想像できるからです。さらに「Hanada」をみると、この3誌の筆者の多くはダブっており、しかもすでにお目にかかったことがあるような論題ばかりですね。日本の右派、右翼は狭い世界なのでしょうか。
ぱらぱらとページをめくっていきましたら、どうやら「Will」で内紛があり、花田氏らが飛び出して、新雑誌を創刊したというのです。編集後記に「あまりに理不尽、でたらめな相手の言い分に腹立たしく、編集部員4人がついてきてくれたことがすべてです」とありました。「理不尽」というからには、まったく新しい論壇誌を始めたのかと想像したら、筆者は他2誌に載っているのと同じ人たちばかりです。首を傾げながら、とにかく1冊、買い求めました。
「迷走するテレビ」が巻頭の特集で、「TBSが犯した重大犯罪」、「古舘伊知郎とは何者だったか」の二本の論文が載っています。一人の筆者は「公共財である電波を排他的に占有し、強大な影響力を有している放送局の一つが政治運動体と化している」、「TBSは民主主義を脅かす反社会的組織である」と、激しいです。
テレビ局が反社会的組織とは
こういう場合に、「政治運動体」とか「反社会的組織」などと、決めつけると、筆者の品格が知れ、逆効果だと思いますよ。民放の報道番組の編集方針に問題があるにせよ、このような表現に同意する人は少ないでしょう。私の周辺では、昨年以来の騒ぎで、テレビ放送が4月から急につまらなくなったという人が多いのです。報道ステーション(テレビ朝日)、NEWS23(TBS)、クローズアップ現代(NHK)を見る気がしなくなったというのです。巻頭でテレビ特集をするなら、「つまらなくなったテレビ、見どころ消えたテレビ」がテーマでしょう。なぜそのことに目をつむるのでしょうか。
もう一つの目玉の特集は、「カエルの楽園」は悪魔の書か、ですね。ベストセラー作家の百田尚樹氏の新作をテーマにしています。カエルが登場する寓話方式での小説で、安全保障問題、中国問題、戦争法案反対、朝日新聞批判などを連想させるストーリーです。筆者がお気に入りという「ラ・フォンテーヌ寓話」に似た小説です。カエルの物語を通じて日本人の世界感覚に警告を発しようとしています。平和ボケの日本人には耳の痛い話ではありましょう。
百田氏の論文を受けて、櫻井よしこ、佐藤正久、小川榮太郎ら右派・右翼の人たちが礼賛の小文を寄せています。気になるところですね。お名前を拝見しながら、「この分野の執筆者は顔ぶれが同じで、みななぜ群れたがるのだろう」という素朴な感想を持ちました。元海上保安官氏も感想を寄せ、「天才・百田尚樹にしか書けない」と絶賛します。そこまでいいますかねえ。なぜもっと、門戸を広げ、見解の異なる多様な筆者をそろえないのか。これでは議論の発展が期待できませんね。
「ああいう人士」という非礼な表現
西尾幹二氏が書いた論文「現代世界史放談」の中に、政治学者の北岡伸一氏を批判した部分があります。「安倍首相の戦後70年談話に先立ち、外務省主導の21世紀構想懇談会がつくられ、先の戦争を侵略戦争と首相にいわせようとした北岡さんという座長がいました。ああいう人士はいまでもアメリカのコントロール下にあると考えるべきだ」。わざわざこんな言い方をしますか。「ああいう人士」とは非礼な表現です。「侵略戦争」という表現は、歴史に対する反省が込められ、まともな評価でしょう。このあたりが、群れる右派の器量の狭さなのでしょうか。
創刊号の論文の中には、出色のヒット作がはあります。前ウルグアイ大統領のホセ・ムヒカ氏の来日記念講演の収録です。「世界いちばん貧しい大統領」の著書があります。「市場はどんどんモノを買わせよう、買わせようとする。市場に操られてほしいものが増えてしまうと、あなたは自由でなくなってしまう」。「市場はもはやコントロールできない状態にある」。消費を常にあおっていかないと、行き詰まってしまう現代資本主義社会の最大の問題点を的確についています。
内閣官房参与の浜田宏一氏が「安倍首相、消費増税を延期なさい。個人消費が陰っているのは、消費増税が控えているため、消費者の行動が慎重になっている」と、創刊号で吠えています。消費をあおっていかないと、行き詰まる現代経済社会の本質的な問題にそっぽを向いていますね。
「世界でいちばん貧しい大統領」の問題提起
また、産経系の筆者が「財務官僚を切れば日本は再生する」と、方向感覚がずれた主張をしています。財務官僚を切ったところで再生できるほど、経済の停滞の原因は単純でありません。論壇誌ならば、ムヒカ氏のいうように、掘りの深い問題提起こそが必要です。
最後に、テレビ局批判をするなら、なぜテレ朝、TBSだけに的を絞るのかです。フジテレビ、日本テレビなどにも見られる軽いバラエティー番組路線をなぜ議論しようとしないのか。朝日新聞を批判するなら、他の新聞論調にもなぜ目配りしないのか。他紙にも多々、問題があると思います。右傾化は世界的潮流のひとつであり、右派・右翼の思想、考え方を知り、分析することがますます重要になっているだけに、毎度、おなじみの論題、筆者ばかりが繰り返し登場してくるすでに現状は残念ですね。
編集部より:このブログは「新聞記者OBが書くニュース物語 中村仁のブログ」2016年5月4日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、中村氏のブログをご覧ください。