安倍首相の短期的合理性:『総理』

2016年09月26日 14:55
総理 (幻冬舎単行本)
山口敬之
幻冬舎
★☆☆☆☆



日本的意思決定の特徴は、部分最適化短期的合理性である。両者はつながっていて、全体を統括するリーダーがいないため、場当たり的に「適応的」に決めることが原因だ。本書は著作としては読むに耐えないが、安倍首相が近衛文麿と同じく、日本的意思決定の典型であることを証明している。

著者は「安倍べったり」の烙印を押されてTBSを辞めたが、取材対象との距離がなく、自分が「総理」の演説原稿に手を入れたことを自慢している。本書には政策論が皆無で、政局の話で埋め尽くされている。これは安倍氏や菅官房長官に代表される、自民党の政治家の共通点なのだろう。

2014年末の謎の解散についても「財務省の根回しに対抗した」という安倍氏の言い分が垂れ流される。もう財政再建は不可能なので目の前の「景気対策」で人気取りをする安倍氏の戦術は、短期的には合理的だが、あと15年で年金基金は枯渇し、消費税率は30%以上に上げなければならない。税率を5%ポイント上げるのに22.5年かかった自民党政権が、あと20%ポイント上げるには90年かかる。それまでに財政が破綻することは99%確実だ。

原発についても、安倍氏が「再稼動という勇気ある決断」をしたと賞賛するが、定期検査の終わった原発を運転するのは当たり前で、原子力規制委員会の安全審査を待つ必要はない。徹底して原発や増税などの危ない問題にさわらないで、貯金した「ポリティカル・アセット」を憲法改正に使うのが安倍氏の戦略だ。

それはそれなりに一貫しているが、近衛が人気取りで口にした「国民党政府を対手とせず」という強硬方針が一人歩きし、さらに強硬で意志の弱い東條英機がその後を継いだとき、日本の破局は止まらなくなった。近衛の本質的な誤りは、東亜の統合という目的が幻想だったことだ。もう憲法改正なんて有名無実になっていることに、安倍氏も著者も気づかない。

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池田 信夫
アゴラ研究所所長 SBI大学院大学客員教授 学術博士(慶應義塾大学)

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