過労死といかに向き合うべきか

城 繁幸

電通の入社一年目の女子社員が月100時間超の長時間残業の末に自殺した件が労災認定されたというニュースが波紋を呼んでいる。事実関係はこれからいろいろ明らかになるだろうが、とりあえず重要な論点だけまとめておこう。

・なぜ長時間残業は防げないのか

これはいつも言っているように、長時間残業は終身雇用下で雇用調整を行うための手段なので無くすのは難しい(そもそも事実上残業時間に上限がない)。本気で無くそうと思えば「残業時間に月○○時間まで」といった上限を設けつつ解雇ルールも明文化し、

繁忙期も長時間残業で対応→繁忙期には新規採用で対応

という風に雇用調整手段を残業増減から採用・解雇に切り替えるしかない。そうなれば暇になったときに誰かがクビになるわけだが、今回のように誰かが死ぬよりは百万倍マシだろう。

ただ、こういう処方箋は何十年も前から提示されているのに、なかなか議論は進まない。現政権の働き方改革は長時間残業の抑制を掲げているので方向性は正しいが、左派や労組は“解雇”には絶対反対だから骨抜きになる可能性が高い。解雇規制を緩和せず残業に上限をつけるだけなら、単にサービス残業が増えるだけだろう。

結局のところ、有権者の多くが「過労死より解雇の方が百万倍マシ」と腹をくくらない限り、なかなか状況は変わらないだろう。

・大企業ほど人は死ぬ

上記のように長時間残業は終身雇用とセットなのでそれ自体はどこにでもある。ブラック企業の定義は「長時間残業などの滅私奉公をしても、将来的な見返りのない会社」である。電通はそれなりに将来的な見返りのある大企業なので、その意味でブラック企業とは言えない。

ここが重要なところで、将来的なリターンが期待できる大手企業ほど、従業員はリターンのために頑張ってしまう傾向がある。

本当のブラック企業なら月100時間超の残業が続けばすぐに従業員は辞めるので、何らかの対策をうって労働環境を改善するインセンティブがある。従業員が逃げ出して店舗運営が出来ず、大幅なオペレーションの見直しに追い込まれたすき家が好例だ。

電通はバブル以前から一貫して就職先として高い人気を誇る優良企業だ。恐らく若手ならどんなに無理をしてでも踏ん張りたいという思いがあって、それが組織として必要なメンテを行うインセンティブを薄めてきたのではないか。

実は電通は90年代にも2年目の若手社員が過労自殺するという事案を残しているのだが、残念ながらそれが何らかのマネジメントの向上につながったようには見えない。

こうした問題に際し「労基署の人員を増やせ」見たいなことを言う人もいるが、現状、月100時間だろうが150時間だろうが長時間残業そのものは合法なので意味がない。人事部門や管理職によるチェック体制もすべてのシグナルを把握できるかというと筆者は限界があると思う。

結局のところ最大のセーフティネットは「限界を感じたらいつでもさくっと転職できる流動的な労働市場」であって、新卒カード使って大企業入ったら石にかじりついてでも耐え抜かないと元が取れないという現状ではそうしたセーフティネットは機能せず、同種の悲劇は繰り返されるように思う。

・現状の枠組みの中でどう対処すべきか

とはいえやはり電通の対応にはかなり問題があるように思う。

終身雇用型組織は一種のムラ社会であり、正社員はムラ人としてムラの掟を全面的に受け入れる必要がある。オリンパスや東芝といった錚々たる大企業の長期に及ぶ不正隠避はそうした掟をムラ人らが受け入れ続けた典型だ。

ただ、そうしたムラの掟と一般社会の常識との間に大きなギャップがあることは企業も百も承知なので、免疫のない若手にはそれなりの配慮がなされるのが普通だ。具体的にいえば、一般的な企業なら、入社3年以内の若手には100時間を超えるような残業は通常させないし、転勤なども命じない。

そういう中で、今回のように一年目の社員に100時間を超える残業をさせていた、管理職も放置していた(ようにSNSからは判断できる)というのは、筆者にはかなり奇異に映る。同社が現状の枠組みの中で対策を取るなら、取り急ぎ入社3年以内の若手は業務負荷を見直し残業は月80時間未満に抑制する、人事部門が全社横断的に勤務状況を厳しくチェックするなどの対応を取るべきだろう。少なくとも91年以降にそうした対応を取っていれば、今回の件は起きなかったに違いない。


編集部より:この記事は城繁幸氏のブログ「Joe’s Labo」2016年10月10日の記事より転載させていただきました。快く転載を許可してくださった城氏に感謝いたします。オリジナル原稿を読みたい方はJoe’s Laboをご覧ください。