【年末特集】ネット記事で振り返る「追悼2016」(上)

2016年12月27日 06:00

ゆく年を振り返る時、思い浮かぶのはあの人の在りし日の姿——。アゴラをはじめとするネットメディア、報道機関の電子版から「追悼記事」を引用させていただきながら、一時代を築き上げた方々を読者の皆様と一緒に偲びたいと思います(上下2回)。


竹田圭吾さん ジャーナリスト
享年51 1月10日、膵臓がんで死去

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著書「コメントする力」より

生前親交のあった松田公太さん

本当に最期まで様々な情報を発信し、議論を喚起し、国民の政治リテラシーを高めるためジャーナリズムを貫いた竹田さん。昨年、ラジオでご一緒した時は「直接民主型政治の斬新なアイデア。そして参議院に党議拘束をつけないという目標。とても良いと思います」と励ましの言葉を頂きました。(アゴラ「竹田圭吾さんの「遺言」」1月11日)

澤昭裕さん NPO法人国際環境経済研究所、元経産官僚
享年58 1月16日、膵臓がんで死去

澤昭裕

経済産業研究所(RIETY)時代に同僚だった池田信夫・アゴラ研究所所長

かつて京都議定書に2人だけで反対したように、澤さんと私は民主党政権の「原発ゼロ」政策に反対しました。それは当初は2対98ぐらいの戦いでしたが、今は50対50ぐらいにはなったのではないでしょうか。

その戦いのなかばで数少ない戦友を失ったのは残念ですが、澤さんの志は(私を含めて)多くの人が受け継いでいきます。安らかに眠ってください。(出典:池田信夫 blog「澤昭裕さんへの最後の手紙」1月16日)

東大在学中、澤氏のゼミ生だった鹿児島県長島町副町長、井上貴至さん

澤先生から教わったことは、10年経った今も、実務で試行錯誤する中で、反芻することが少なくない。例えば、商店街の構造。「商店街とは、ヨコの組織。それぞれの店主が独立したオーナー。商店街の振興組合の会長が「やるぞ!」と言ってもなかなか動かない。タテの組織とは違う動かし方が重要。」本質を捉えた澤先生の言葉は、まさに時を超える。(出典:アゴラ「追悼・澤昭裕先生(僕が官僚になるきっかけの恩師)」1月24日)

デビッド・ボウイさん 歌手
享年69 1月10日、肝がんで死去

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Wikipediaより

俳優としての活躍を評価していた映画ライターの渡まち子さん

映画出演(カメオ出演やナレーション、アニメの声の出演なども含む)にも積極的で、映画の代表作としては「地球に落ちて来た男」「ジャスト・ア・ジゴロ」「ハンガー」「戦場のメリークリスマス」「最後の誘惑」などが知られています。

中でも戦メリこと「戦場のメリークリスマス」は、日本の大島渚監督の作品なので、映画好き以外にも広く知られています。美しく退廃的なルックスから、ミュージックビデオなどでは中性的な魅力にあふれているボウイ。実は俳優としてのキャリアも長い人でした。「バスキア」で演じたアンディ・ウォーホール役がハマッていましたっけ。(出典:アゴラ「映画で偲ぶデビッド・ボウイ」1月13日)

ヨハン・クライフさん サッカー元オランダ代表主将、元バルセロナ監督
享年57 4月22日死去

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Wikipediaより

スポーツライターの杉山茂樹さんの追悼コラム

現代サッカーに最も影響を与えた人物を1人述べよと言われたら、いの一番に名前が挙がらなければならない人物、ヨハン・クライフが亡くなった。この人が、サッカー界に存在しなければ、サッカーは観るスポーツとして、ここまで発展を遂げただろうか。高い娯楽性を内包するスポーツであり得ただろうか。20%増。それぐらい大きな役割を果たした人、偉人だと僕は思う。(出典:Sportiva「追悼ヨハン・クライフ。彼がいなかったらサッカーは違うものになっていた」3月28日)

プリンスさん 歌手
享年57 4月22日、鎮痛剤の過剰投与による中毒で死去

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Wikipediaより

中学時代から楽曲のファンだった松田公太さん

プリンスの凄いところは、様々な楽器を演奏し、全ての曲の作詞、作曲、そしてプロデュースを自分でこなしてしまうところ。つまり、彼の歌を聞くときは、紛れもなく彼の作品、彼の想いを受け止めていることになるのです。

分業と、コンピューターによる曲作りが当たり前となっている最近の「アーティスト」には、なかなか出来ない事ではないでしょうか。(出典:アゴラ「プリンスの死」4月23日)

蜷川幸雄さん 演出家
享年80 5月13日、肺炎による多臓器不全で死去

蜷川幸雄@毎日新聞

毎日新聞より引用

15歳の時に才能を見出されてから19年、指導を受けた藤原竜也さんの弔辞

藤原は蜷川さんから「アジアの小さな島国の俳優になるな」と激励を受けたことを回顧。そして「もがいて苦しんで、本当にどうしようもなくなった時に手を挙げろ。俺が引っ張ってやるから」との言葉を紹介すると、「蜷川さん、悔しいでしょう。悔しくて泣けてくるでしょ。僕らも同じですよ。もっと一緒にいたかったし、仕事がしたかった」と言葉を絞り出した。

そして「思いをここにいる皆で受け継いで頑張っていきたい。気を抜いたら、バカな仕事をしたら怒ってください」と恩師に呼び掛けた藤原。「19年間苦しくも…まあ、ほぼ憎しみでしかないんですが」と蜷川さんから受けた厳しい指導をユーモアをまじえて振り返り、「本当に最高の演劇人生をありがとうございました。蜷川さん、それじゃまた」と締めくくった。(スポニチ「藤原竜也 蜷川さんへ涙の弔辞「最高の演劇人生をありがとうございました」」5月16日)

モハメド・アリさん プロボクシング元世界ヘビー級王者
享年74 6月4日、敗血症ショックで
死去

モハメド・アリ

Wikipediaより

「子どもの頃のヒーロー」だったという松田公太さん

人種差別、信仰の自由、戦争、そしてパーキンソン病。

リングの外でも闘い続けた人生でした。

アトランタオリンピックにサプライズ登場し、震える手で聖火台に火をつけた時の姿は忘れられません。

アントニオ猪木さんからは、格闘技世界一決定戦で闘ってからは良きライバルであり、良き友だったと聞いていました。(出典:アゴラ「モハメド・アリ」6月5日)

亡くなられた皆様のご冥福を慎んでお祈りいたします。編集部。
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