米倉誠一郎先生最終講義。賢い奴は何故、面白くない奴になってしまうのか?

2017年03月03日 09:00

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一橋大学イノベーション研究センター教授である米倉誠一郎先生の最終講義にお邪魔してきた。大学卒業から20年経つ今年、先生の最終講義の情報がTLに流れてきて、奇跡的にこの日が空いていて、運命のようなものを感じ、国立のキャンパスに出かけた。

とはいっても、若干、行くのに緊張したのも事実だ。米倉先生はイノベーションの研究者であり、さらには社会起業関連の方面にも強く。ただ、米倉信者って意識高い系なんじゃないか。私、アンチ意識高い系の筆頭なのだけど、どうしよう。母校とはいえ、アウェイ感あるのではないか、と。もっとも、私はどんな所属組織でも天空の城ラピュタ的に浮くので、家庭以外に居場所がないのだけど。

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ふと、「出来の悪いグレた教え子が、それでも恩師の勇姿を見たくてひっそりと見ている」というストーリーを思いつき、STUSSYのスカジャン、ADIDASの白いジャージの上下、チェ・ゲバラTシャツ、サングラスにマスク、ヘッドフォンという出で立ちで行くことに。講義の前に美容室に行き、カットとカラーも。だんだん茶髪度というか、金髪度、ましている。多様性を大事にする米倉先生ならわかってくれると思ったのだ。そして、自分の周辺の「多様性」しか礼賛しない意識高い系にとって、この恰好はリトマス試験紙になると思ったからだ。

とはいえ、私はこういう風に目立たない恰好で潜入するたびにバレる。以前、講談社で開かれた内田樹さん、平松邦夫さん、小田嶋隆さん、平川克美さん、高木新平、イケダハヤト(やや出演者の記憶が曖昧)に潜入した際も受付でバレ、ゲンロンカフェで開催された東浩紀さん×佐々木俊尚のイベントも壇上の東さんから「あなた、常見さんですね?」と、あたかもスーパーストロングマシンの正体を藤波辰爾が「お前、平田だろ?」とばらしたかのように言われ。

ただ、今回は大成功だった。ほぼ誰からも声をかけられない、気づかれないことに成功し。大学同期の野間幹晴先生以外にはバレなかった。

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米倉先生は、人生の転機にそこにいる人だ。

ジャーナリストか社会学者を目指して、北海道から内地に出てきて一橋大学社会学部に進学した左翼少年は、スゴイ先生との出会いがありあっさりと商学部に転学部したのだが。そこで最も面白かったのは当時の米倉先生の講義だった。

この日の講義でも触れられたのだが、先生は1996年にシリコンバレー視察の後、有志の学生を集め、その体験を語ってくれて。私もその席にいた。「俺もベンチャー行くっす。リクルートです!」と言ったら「もう、立派な大手だろ、バカ」と言われた。

学部卒業前に最後に受けた(厳密には履修していないので覗いた)講義の一つは、米倉先生のものだった。CCCの増田社長を数十名の学生のためだけに連れて来てくれた。

なんといっても、30代後半に会社員を辞めて大学院に入り直そうとし、院試に行ったその日、キャンパスでばったり会ったのは良い思い出だ。

「お前、なんでここにいるんだ?院試?バカだな、お前は。院生のレベルが下がって困る」

この言葉にふっきれたのか院試は合格。その後、シンポジウムでご一緒し、壇上でバトったのは良い思い出だ。

一橋ビジネスレビューに寄稿したら、先生から手紙がきた。「精進あるのみ!」と書いてあった。その時、研究室で私は「あんたもな」と心の中でつぶやいた。

「バカだな」という言葉で、カチンときたこともあったけど、これは米倉先生流の最高の褒め言葉だと言うことを、今日、確信した。

記念すべき最終講義に対して、空気読まず言うが米倉先生、あなたもバカだ。大バカだ。その痛快な人生が凝縮された時間だった。実に興味深いライフヒストリーだった。大学に6年通い、研究者の道に。日本の鉄鋼業を研究、その後、ベンチャー、ソーシャルビジネス、中東やバングラディシュ、アフリカとの出会い・・・。様々な人やムーブメントとの出会いから変わってしまった(グレてしまった?)という話も実に興味深く。

そして、華々しく見える中での苦悩のようなものを垣間見たり。打ち明け話に心があたたまったり。なんせ人間臭かった。

著書を紹介するたびに「売れなかったんだけどな。良い本なんだけどな」とコメントするのが印象的だった。・・・そうか、これ、売れなかったんだ。売れたと思っていたのに。

よく笑い、泣いた時間だった。生き方、あり方のヒントもいっぱい。

おすそ分けしたいことがいっぱいあるのだけど、今日は「賢い奴は何故、面白くない奴になってしまうのか?」問題について。この言葉を聞いただけで、ドキっとする人も多いことだろう。

いや、「賢くて面白い人」という人は存在する。ただ、社会や会社の中で、いや学校の中でさえも「賢い人間がつまらなくなっていく」わけだ。米倉先生はこれを「つまらない」と言う。

じゃあ、どうすればいいか?

そのヒントがこの日の最終講義にはあった。網羅的には書かないが・・・。「分からないことをわかるためにはやってみる」ということ。そして「好き嫌い」を大事にすること。なんせ自由に生きること。

もっとも、社会や会社は私たちを取り込もうとしたり、自分たちも積極的にそこに身を投じていく。それは居場所を確保するためにも、生き残るためにも大事な処世術ではあるが。

思うに「賢い奴は何故、面白くない奴になってしまうのか?」問題に関しては、よくある社会や会社が悪い論だけでなく、そもそも面白い奴になることのメリットがないんじゃないかと思ったりする。賢いと面白いが両立しなくてもいいし。

とはいえ、私は、賢くて面白い人が好きだ。もっというと、それは「才能や体力の使い方が間違っている人」だと思う。私もその一人だ。

面白い奴を増やすにはどうすればいいか?

まさに米倉誠一郎先生の座右の銘「転んだ奴を笑わない」ことだと思う。

もっとも、意識高い系にありがちなのだが、結局そこで「転んだ奴を笑わない」のは「ただし、友人・知人に限る」みたいな感じになってしまうのだけど。こういう意識高い系の「開かれたムラ意識」が苦手なのだけど。

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最後は「諸君、自由であれ!」というメッセージが。

大丈夫、私は自由だよ。

ありがとう。


編集部より:この記事は常見陽平氏のブログ「陽平ドットコム~試みの水平線~」2017年3月3日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、こちらをご覧ください。

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常見 陽平
千葉商科大学国際教養学部専任講師

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