都政から国政にメインターゲットを換えた【ポピュリスト populist】の小池百合子氏による「小池劇場・国政編」は、9月25日の希望の党の設立&代表就任発表で開演しました。開演からの主なストーリー展開は次の通りです。
09月25日(月)小池氏が希望の党の設立&代表就任発表&小泉元首相と面談
09月26日(火)前原氏、神津連合会長・小池氏と次々に会談
09月27日(水)希望の党結党「日本をリセット」、小泉進次郎氏が小池氏出馬呼びかけ
09月28日(木)小池氏「憲法改正を議論」、民進党が希望の党への事実上の合流を発表
09月29日(金)小池氏がリベラル派排除発言「全員受け入れる気はさらさらない」
09月30日(土)辻元氏が希望の党の公認申請見送り、三都物語会見
10月01日(日)若狭氏「政権交代は次の次くらい。代表が選挙に出なくても構わない」
10月02日(月)小池氏「政権交代目指す」民進左派に刺客、立憲民主党結党
10月03日(火)希望の党1次公認候補191人、小池氏「出馬は100%ない」
10月04日(水)音喜多・上田都議が都民F離党意向、築地女将さん会が小池氏を批判
10月05日(木)小池・前原会談で小池氏が出馬固辞、連合が議員の個別支援表明
10月06日(金)立憲民主50人擁立、希望の党が公約発表
10月07日(土)ネット党首討論会、小池氏が握手を呼びかける
10月08日(日)8党党首討論会、小池氏が政策の曖昧さを指摘される
10月09日(月)希望の党総決起大会
これまでに何度もブログ記事やツイッターで述べてきた通り、小池氏の[ポピュリズム populism]のメイン・ターゲットは、テレビや新聞からの情報以外に情報を得る機会がない情報弱者であると言えます。8月19・20日に実施の[産経・FNN合同世論調査]では、都政で結果を出すばかりか失策を続ける小池氏の「小池新党」に35.6%が「国政選挙で投票する」と答えました。もちろんこの段階では「小池新党」は存在せず、政策どころか綱領や構成員も存在していませんでした。なぜ都政で失敗続きの小池都知事の存在もしない新党に1/3以上の国民が投票意向を示したかについては、小池氏を主人公とする「小池劇場」を繰り返し報道するワイドショーの[戦略型フレーム報道 strategic frame ](=政策を語らずに政局の勝ち負けだけに焦点を当てる報道)によるところが大きいと考えます。
このように順調に集客して満員御礼を掲げていた「小池劇場」ですが、ある時期から小池氏や希望の党に対するバッシング報道が顕著にみられるようになり、現在では観客離れも発生しています。この記事では、「小池劇場・国政編」の一連のプロセスを概観し、失速のメカニズムおよび今後の動向について分析してみたいと思います。
小池氏の思惑通りに進んだ「小池劇場・国政編」
都知事選時にテレビで[私の最大の味方はメディア]であるとする小池百合子氏のメディアとの友好宣言は、「小池劇場」という視聴率がとれるコンテンツの企画書をテレビメディアに暗に提出したに等しい行為であったと言えます。もっぱら石原元都知事という格好の敵役を創ったポピュリズムで勝利をおさめた都知事選は「小池劇場」のパイロット版であり「小池劇場」の営業的価値を大手テレビ各局に認識させるには十分な内容でした。
ワイドショーでは小池氏の初登庁から「小池劇場・都政編」のレギュラー放送ともいえる過熱報道が始まり、内田茂自民党東京都連幹事長、東京都議会議長、東京都歴代市場長・幹部、石原慎太郎元都知事、森喜朗五輪組織委員会会長、丸川珠代五輪担当相などを次々と敵役にしてポピュリズムを展開しました。
センセーショナルに小池氏をとりまく状況を報じたワイドショーは小池氏の最大の味方であり、特に2016年8月2日に東京都庁に初登庁した小池百合子東京都知事が、川井重勇東京都議会議長に対して知事就任の挨拶に出向いたときに、マスメディアからリクエストされた写真撮影を川井議長が断ったという事象が握手拒否をしたかのように大衆に認識され、[都議選での自民党の敗因に繋がった]のは象徴的な出来事であったと言えます。
このような「小池劇場・都政編」の第二シーズンとするべく、国政進出に向けて小池氏は華々しく次のようなスタッフとキャストで「小池劇場・国政編」を始めたと言えます。
スタッフ
制作:「小池劇場」制作委員会(大手テレビ各局)
監督:泉放送(ワイドショー制作会社)
脚本:小池百合子と仲間たち(ブラックボックスの側近)
脚色:鈴木哲夫(政局巷談家)
美術:小池百合子キャスト
ジャンヌ・ダルク:小池百合子
助さん・格さん:細野豪志・長島昭久
風車の弥七:前原誠司
うっかり八兵衛:若狭勝
悪代官:安倍晋三
越後屋:加計理事長
善良な町民:民進党の皆さん
斬られ役:民進党左派の皆さん
将軍:小泉純一郎(友情出演)
ナレーター:宮根誠司・恵俊彰・安藤優子・羽鳥慎一他
商売になる新コンテンツを得たワイドショーは「小池さんは凄い」「小池さんはうまい」「小池さんは勝負師だ」と小池氏を絶賛し、結党と同時に「政権交代が現実になった」と今後のストーリー展開を想定して視聴者の認識を誘導しました。実際に9月28日夕から29日に実施された[読売新聞の緊急全国世論調査]では、自民党34%、希望の党19%という比例投票先が得られ、「小池劇場」は最高に盛り上がりました。
「小池劇場」のような結論が決まっている勧善懲悪ストーリーのドラマを観る視聴者は圧倒的に高齢層が多く、YouTubeを視聴する若年層はバカにして観ません。ただ、全体としてのインパクトが極めて高いため、各テレビ局は競ってこのドラマを繰り返し放送したと考えられます。
「小池劇場・国政編」の失速
小池百合子氏の思惑通り、「小池劇場・国政編」はテレビ番組を席巻しました。しかしながら、あの「報道ステーション」でさえも指摘しているように、9月29日の「リベラル派排除発言」からは次第にバッシング報道も見られるようになり、当初の勢いが完全に失速したと言えます。ネガティヴな要因は次の通りです。
対人魅力の低下
多くのマスメディア各社も指摘しているように、「小池劇場」はジャンヌ・ダルクのように強大な敵役に立ち向かう小池氏を主人公とするものでしたが、現在の小池氏は強大な権力をもって弱者をイジめる敵役として認識されるようになってきたと言えます。
完全に弱っている民進党左派に対して「希望の党に受け入れる気はさらさらない」と「排除」を宣言した小池氏は【判官贔屓】を是とする情報弱者に不信感を持たれたものと考えます。ちなみに、【判官贔屓】は弱者に同情して応援する日本の美徳の一つですが、これを政治選択等の論理に適用することは大きな勘違いです。なぜなら「政治的弱者の論理は真である」という言説は明らかに論拠不当の【偽原理 non-sequitur / it dosen’t follow】であるからです。政党のような【機能集団】が異なる理念を持つ人物を入団前に「除外 exclution」する自由は社会共通のコンセンサスであり、党則を変えて「除去 elimination / removal」しているわけではない小池氏の排除宣言に論理的な非はありません。もし希望の党が、安全法制に反対していた民進党議員のうち反対を貫く議員を排除しなければ、民進党のような政策が一致しない政党となり、集団が機能不全を起こすことになります。但し、小池氏は、小池人気を支えているのは自らが心理操作をすることで獲得した情報弱者の【習性/エートス ethos】を読むことができませんでした。社会通念に疎い情報弱者は「除外」を【悪 evil】であると誤認識し、小池氏離れを始めました。なお、候補者に小池氏へのマウンティングを求めた政策協定書の中身も評判が悪い物でした。特に「党の支持する金額を党に提供すること」という事項は、無限の支払いに賛同させる隷属的なものでした。
小池氏が希望の党設立会見で腹心の細野豪志氏と若狭勝氏をいとも簡単に「リセット」した行為についても、強者による弱者の意見の排除の印象を情報弱者に与えたと同時に、議論のプロセスを大切にする[女性]からも反感を買った可能性があります。また「政権交代を目指さない」とNHKで発言した若狭氏に「テレビに出るな」と指示したという噂も情報弱者には排除の印象を情報弱者に与えた可能性があります。唐突に一院制の議論を始めるような細野氏と若狭氏をリセットしたことや、テレビでの軽率発言で戦術のオプションを台無しにする若狭氏をテレビに出さないことは合理的であると私は思いますが(笑)、一切の相談なしに小池氏が独裁的に党運営を意思決定できるという希望の党の統治機構については極めて大きな問題があると考えます。希望の党は、民意がボトムアップされる【公党】ではなく特定の個人がトップダウンで独裁する【私党】である可能性が高いと言えます。なお、このことは同様に小池氏が事実上のトップを務める都民ファーストの会で音喜多駿都議と上田玲子都議という自らが認めていたファーストペンギンを特定の時期から徹底的に冷遇し、党内で政治的に粛清したことからもわかります。音喜多都議と上田都議の捨て身の告発は、小池氏が必要としているのは自分の意思決定を議会承認させるための無批判なロボット議員であり、反旗を翻して意見を言う存在とならないよう議員の言動を厳しく検閲し、問題行動があった場合には人事権を行使して議員を冷遇していたことが明らかになったと言えます。
当初自身の衆院選出馬を明確に否定することがなかった小池氏が、62%が都知事に専念すべきとする[読売新聞世論調査]の結果が出ると、明確に出馬を否定し始めたことも大衆の不信感を増したと言えます。都政に何の結果も出していない都知事が都政を混乱させたまま逃げるのはさすがに許容できないのでしょう(笑)。小池氏は、自分のオプションを大衆に見せつけた上で、すぐには意思決定せず、大衆の反応を十分に見極めてから、最も効果的な時期に自分にとって最も有利な選択をするという極めてセルフィッシュな戦術を得意としますが、今回はこの戦術が大衆にバレたものと考えられます。
矛盾の認識
都知事就任以来、小池氏の言説は矛盾だらけでしたが、大手マスメディアが「報道しない自由」を行使して本質的な批判を封印していたために、大衆がこれらの矛盾を十分に認知するに至りませんでした。しかしながら、「除外発言」があった9月29日くらいからマスメディアのスタンスにドラスティックな変化が起こり、小池氏の矛盾が遠慮なく報じられるようになりました。私が思うに、この変化が起こった要因は必ずしも排除宣言にあるわけではなく、むしろ積極的な「憲法改正推進宣言」にあると考える次第です。護憲を最優先の動機とするマスメディアは9月28日に憲法改正の議論を広げることを宣言した小池氏を強く警戒し、憲法改正の議論開始を宣言した安倍首相と同様に、強いバッシングの対象として認定した可能性があります。
小池代表のよく指摘される矛盾は、小池氏が「都政に専念」するために地方政党「都民ファーストの会」代表を辞めたにも拘わらず、国政政党「希望の党」代表に就任したことです。国政は都政とは異なる案件なので東京都政に集中するのは「都民ファーストの会」代表を務めるよりも困難になることは自明です。地上で有害物質が検出されていない豊洲市場を安心ではないとしたにも拘わらず、地上で有害物質が検出された築地市場は安心であるとした矛盾を認識することができなかった一部の都民でも、さすがに今回は小池氏に裏切られたことを認識したものと推察します。
今回の解散を「大義なき解散」と批判した小池氏ですが、そもそも政策もない希望の党に当選目的の烏合の衆を募る小池氏の戦略こそ単なる私的な権力掌握目的であると言えます。間接民主主義においては政治家が自らの政策を国民に示して信を問うことが大前提となりますが、希望の党の場合には、政治家が党に白紙委任した政策を国民に示しているのが実情です。希望の党に参加した民進党の政治家は政策の具体的な中身を知る前に政策協定書にサインするという前代未聞の節操がない行動を選択しています。これは当選目当てに魂を売った行為に他なりません。もっぱら、国会の委員会でプラカードをもって安保法制に強硬に反対していながら、いち早く民進党を見限って安保法制賛成に回った柚木道義氏は節操のない候補者の象徴であると言えます。
「情報公開と政治の透明化」を掲げて都議選を完全勝利した小池都知事が、実際にはブラックボックスの側近に政策決定させて無批判なロボット議員団に議会承認させる独裁体制を築いていたことも音喜多駿都議と上田玲子都議の証言により明らかになりました。基本的に行政は、将来予測に不確定要素がない場合には演繹原理、少ない場合には帰納原理を適用させて政策を客観的に決定しますが、不確定要素が多い場合には政治家の価値観に基づき主観的な政策判断が行われます。獣医学部設置に関する政府の政策判断を不透明であると批判している小池都知事ですが、実際には築地再開発に関して同様の政策判断を行っています。
「しがらみのない政治」と言いながら、小池代表と親しい石破茂氏・野田聖子氏・鴨下一郎氏の選挙区には対抗馬を立てなかったことも矛盾しています。連合と民進党議員のしがらみもどう考えればよいのでしょうか。
10月6日に発表された希望の党の政策もポピュリズム全開の内容であり、国民に聞こえがよいだけの「12のゼロ」なるフィージビリティがゼロのスローガンに象徴されるように、制度設計の裏付けがない単なるアジェンダの羅列に過ぎません。「内部留保の二重課税」「制度設計なしのベイシックインカムの導入」「根拠なしの2030年原発ゼロ」など責任政党としての自覚がないことは自明であり、公約を票集めの道具として使っていることが国民にバレてしまったと言えます。元テレビ東京WBSのキャスターという触れ込みの小池氏ですが、経済事象の認識力・批判力・展望力のいずれについても、同じテレビ東京のキャスターである「モーサテ」のアッコさんの足元にも及ばないと言えます(笑)。
大衆心理から「小池劇場」の呪縛は解けるか
マスメディア報道では失速している希望の党ですが、ここで焦点となるのが、1年以上にわたって大衆の脳裏に記憶されている「小池劇場」の呪縛から大衆が簡単に解放されるかということです。
特定の意見や行動に個人の意見・行動を合わせる[人間の態度変化 attitude change]には、【追従 compliance】【同一視 identification】【内在化 internalization】という3種類のプロセスがありますが、このうち不特定多数の大衆が小池氏を支持するにあたっては【同一視】あるいは【内在化】の2種類のプロセスが作用することになります。
【同一視】
説得者に【対人魅力 interpersonal attraction】を感じている場合に、「説得者と同じ考え方でいたい」という動機から【態度変化】することを言います。【内在化】
「説得者の考え方を正しいと思った」という動機から【態度変化】するものです。正しいと思っている考えに対する【同調】であるため、その後の態度の変化は起こりにくくなります。
【同一視】の場合には説得者に【対人魅力】を感じなくなったときに、【内在化】の場合には説得者の言説の【矛盾】に気づいたときに、被説得者は態度を変化することになります。すなわち、【同一視】で小池氏を支持していた大衆には前出の「対人魅力の低下」が、【内在化】で小池氏を支持していた大衆には前出の「矛盾の認識」が小池離れの根拠となります。
実際、希望の党の政策発表後の投票先の世論調査を見る限り、[読売新聞2017/10/08]では、自民党が前回調査とほぼ横ばいの34%→32%であるのに対して、希望の党は19%→13%と顕著にダウンしています。しかしながら、13%の支持が今後も落ちるかと言えば、それはメディアの報道次第であると言えます。メディアが小池都知事の【対人魅力】を低下させ、【矛盾】を認識させれば、支持はさらに下がる可能性があります。
そもそも小池氏の人気が高まった最大の理由はメディアが小池氏を頻繁に露出させる【単純接触効果 mere exposure effect】による【対人の魅力】の上昇でした。【単純接触効果】については、これまでに何度も紹介していますが、誤解されている方もいらっしゃるようなので、ここでもう一度説明させていただきます。
【単純接触効果=ザイアンス効果=熟知性の法則】とは、繰り返し知覚する対象に「好感情」を持つ傾向のことです。つまり、何度も見たり聞いたりする人や物を好きになる傾向のことです。あくまでも「傾向」なので個人差があることに注意してください。また、知覚する情報がポジティヴな場合にはより強い好感情を持ち、ネガティヴな場合には効果を薄め、「悪感情」を持つこともしばしばです。これは【単純接触効果】ではなく【内在化】による【説得 persuasion】に他なりません。なお、最初から人や物に悪感情を持っている場合(嫌いな人の露出)には、例外的により強い悪感情を持つことが知られています。また露出頻度が高すぎる場合(高頻度の露出)、飽きられて次第に好感情が薄れてときに悪感情を持つことが知られています(Falkenbach et al.)。
露出が強すぎ(高頻度の露出)、一定値以上の露出量に達すると、人はそれを無視するようになります。今回の「小池劇場・国政編」で過度な露出があった小池氏も大衆からウンザリされている可能性があります。ちなみに一発屋芸人と呼ばれる人達があきられてしまうのはこの効果によるものです。過度な露出で人気のピークを過ぎてしまった小池都知事には、今後は【単純接触効果】による顕著な支持率の上昇は期待できそうもありません。
エピローグ
今回の衆議院選挙は、【ポピュリズム】を使って大衆を心理操作する小池百合子氏が君臨する希望の党、および【人格攻撃】で国会を空転させた民進党(希望の党合流組&立憲民主党)という政策を置き去りにした政治勢力に対して国民が評価を下す絶好のチャンスであると私は考えます。加えて、これらの勢力を前面支援してきた一部マスメディアに対してその【偏向報道】を認識する絶好のチャンスであるとも思います。総括して諫言すれば、今回の選挙は、日本社会が無意味な「劇場型選挙」を卒業する絶好のチャンスであると考える次第です。
編集部より:この記事は「マスメディア報道のメソドロジー」2017年10月9日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方はマスメディア報道のメソドロジーをご覧ください。