朝日新聞に教えたい世界の立憲民主主義(特別寄稿)

2017年11月26日 06:01

2017G7サミットに参加した各国首脳(首相官邸サイト:編集部)

立憲民主とかいう名を冠する政党が出現したのは、明治時代にタイムスリップしたような気分だが、極めて遺憾だったのは、憲法に則った政権選択のプロセスに対して、これを尊重する必要がないという執拗な攻撃が、朝日新聞を代表とする自称リベラル勢力から繰り返されたことである。

選挙前には、「解散して国民の判断を求めることは大義がない」といい、選挙が始まったら、「与党勢力が過半数をとっても、現在の議席より減ったら辞めるべきだ」といい、もとの議席を確保したら、「議席数だけで結果を論じるべきでない」「得票率は過半数を割っている」「棄権も含めれば国民の四分の一くらいにしか支持されていない」と言い出している。

さらに、公職選挙法で禁じられている選挙活動への妨害行為を正当化し、しかも、それが国民の声であって選挙結果は国民の意思ではないといわんばかりだ。

もはや、憲法による民主主義のプロセスを愚弄し、正統性を否定する暴挙であり、ナチスやボリシェビキのやり口にたとえられるべきものだ。

立憲主義という言葉は、英語では Constitutionalism 、フランス語でConstitutionnalismeである。それほど、メジャーな言葉ではないし、その内容を明確に定義できるものではない。ただ、憲法であるとか、それに類する基本的な法原則を権力行使の前提として尊重すべきだという考え方だ。

日本では、明治時代に、王政復古によって天皇とその政府が立法や行政を動かしていたので、憲法を制定して議会を設置すべきという自由民権運動が興り、その結果として、当時のヨーロッパの政治思想に沿ったかたちで、明治憲法が制定された。

そこでは、内閣が議会での多数政党に基盤を置くことは当然の前提とはされていなかったが、実際に制度を運用して行くと、そうでないと、制度が機能しないことが明らかになった。

そこで、大正2年(1913年)に桂太郎内閣、同13年(24年)に清浦奎吾内閣といういずれも政党に基盤を置かない超然内閣に対して、二度の護憲運動がおこり、議会の多数党を基盤とする政府を原則とするという考え方が確立された。

そして、日本国憲法では、議院内閣制が採用されて、衆議院の指名で首相が選ばれるようになった。立憲主義とは、総選挙で首相を決めるということをもって、その基本としているわけである。

今回の選挙では、与党が圧倒的な勝利をおさめたから幼稚な議論に付き合わなくてよかったのだが、与党が首相候補を明示的に立てて選挙に臨み、過半数を取ったら続投すると言っているのに、過半数を大きく上回らなければ、選挙の結果に従わない別の政権を立てろというほど明白な民主主義と立憲主義の否定などないではないか。

そんな馬鹿げた牽制をしている国などないのである。

そこで、今回は、イギリス、フランス、ドイツ、イタリア、スペインの5カ国の政府と議会の関係を解説しようと思う。

イギリス

この国では、成文法としての憲法がいまだ存在していない。大隈重信は、明治14年(1881年)の政変で、英国式の憲法を制定しろと要求して、それが通らなかったので下野したのだが、イギリスを真似るなら書かれた憲法はいらないということなのだから、ずいぶんとインチキな話だったと思う。

明治の自由民権論者が要求したのは、イギリスやフランスで、現実には実施されていないが、ユートピア的にはこうあるべきだと学者たちが議論していたものを、日本ですぐに制定しろという大胆すぎる提案であり、岩倉具視、伊藤博文、井上毅といった権力サイドの人たちが国際的な常識を踏まえた高い水準の議論をしていた。

だから、板垣退助など、イギリスで、当時、人気があったスペンサーという学者を訪れて制憲論をぶったところ、さんざん、馬鹿にされて、最後は、「帰れ」と追い出されてしまった。

それでは、イギリスではどうして、首相を選ぶかというと、女王の任命である。
ただ、慣習として、女王は第一党の党首を指名する。ただし、下院で過半数を占めている政党がないという「ハング・パーラメント」になったときにどうするかは、はっきりしたルールがあるわけでない。

前々回の総選挙では、保守党が第一党だが、第二党の労働党と第三党の自由民主党をあわすと保守党より多かった。さいわい、自民党が保守党との連立を選んだので悩むことはなかったが、労働党と自民党が連立を組んだり、連立は組まないが閣外協力したいと言ったときに、どうするかは未知の世界だ。

イギリスでは、2011年の「議会任期固定法」によって、首相の解散権には制限がかけられるようになった。解散のためには、不信任案が可決されるか、下院の3分の2以上の多数の賛成を得る必要がある。

ただしこの条項と同じような法律を日本で作れば、自民と公明が賛成すれば、自由に解散できるということである。理由に制限はない。それも踏まえて立憲民主党などは議論しているのだろうか?

フランス

国民の直接投票によって選出される五年任期の大統領が強い権限を持っている。以前は、大統領と首相が違う党派から出る「ねじれ」による「コアビタシオン」も何度かあったが、大統領と議会の任期を五年にそろえた結果、大統領選挙の直後に総選挙をすることが普通になり、だいたいは、大統領与党が勝つ。

首相は大統領が選任するが、下院は不信任をすることが可能だ。ただし、不信任案提出後、48時間は採決できないし、可決には議員総数の過半数が必要でハードルは高い。また、49条3項で、内閣は施政方針や法律に信任をかけることが可能で、その場合は24時間内に提出される不信任案が上記の条件で可決されないかぎりは、法律案などが審議することなく成立する。国会の解散は大統領が自由に出来る。

大統領選挙も小選挙区による下院議員選挙も、いずれも、二回投票制である(決選投票)。
議員立法は、予算を伴うものは出来ないなど大きな制約がある。

政党は、前進(中道左派の大統領与党)、共和党(穏健保守)、FN(国民戦線)、社会党、不服従のフランス(共産党と連携)などである。

ドイツ

基本法においては、連邦議会(Bundestag)および連邦参議院(Bundesrat)が定められている。下院 任期は4年である。

上院  各州が有する表決権数だけの州政府構成員が上院議員として州政府により任命さえれる。各州は少なくとも3票の表決権を有し、人口200万以上の州は4票、600万以上の州は5 票、700万以上の州は6票の表決権を有する。州ごとの表決権数は、次のとおりである。バーデン・ヴュルテンベルク6、バイエルン6、ニーダーザクセン6、ノルトライン・ヴェストファー レン6、ヘッセン5、ベルリン4、ブランデンブルク4、ラインラント・プファルツ4、ザクセ ン4、ザクセン・アンハルト4、シュレースヴィヒ・ホルシュタイン4、テューリンゲン4、 ブレーメン3、ハンブルク3、メクレンブルク・フォアポンメルン3、ザールラント3。

つまり、小さい州の定員が多いが、各州はひとつの党派の総取り方式になるのでなんともいえない。

下院は、小選挙区比例代表併用制をとる。選挙区は、小選挙区299区および州単位の比例区16区か らなる。

投票方法は2票制をとり、1票を小選挙区候補者に投票、もう1票を州単位の 政党名簿に投票する。

各党の議席は比例代表で決まるのが原則だが、小選挙区で勝利した者はすべて議員となれるので、結果、大政党は超過議席を獲得でき、比例の結果よりは多い議席を獲得できる。政党名簿への投票(第2票)について全国で の得票率が有効投票総数の5%未満であり、かつ小選挙区での当選者が3名未満の政党は、第 2票による議席配分を受けられないという阻止条項(5%・3議席条項)がある。

首相は、大統領の提案に基づき、下院によって選挙され過半数の投票を得た 者が選出され、大統領によって首相に任命される。大統領の提案した者が過半数の票を得られ なかったら、下院は14日以内にみずから過半数により首相を選挙できる。この期間内に選挙が成立しなければ、下院で新たに投票が行われる。最多得票 者が過半数の票を得た場合には、当該人が首相に任命される。最高得票者が過半数の票を得ら れなかった場合には、大統領は、7日以内に当該人を首相に任命するか(少数与党)、または下院を解散す るかを選択する。

下院は、議員の過半数により首相の後任を選出したうえで、大統領に首相を罷免すべきこと を要請できる。その場合に、大統領は、選挙された者を首相に任命しなければならない(建設的不信任制度。つまり過半数の支持を受けた後任候補がいない限りは不信任は出来ない)。

信任を表明すべきことを求める首相の動議が下院議員の過半数の同意を得られない場 合には、大統領は、首相の提案に基づいて、21日以内に下院を解散することができる。その 解散権は、下院が議員の過半数により首相を選挙した場合には、消滅する。

国会の解散は、不信任されたとき、信任されなかったときだけだが、与党が意図的に信任を成立しなければよいので、事実上は、与党は自由に解散できる。現実に1982年にヘルムート・コール首相が、2005年にもゲアハルト・シュレーダー首相が、早期に選挙を行うために故意に与党に信任を否決させている。

現在は、CDU・CSU連合、社民党、自由党、ADF(極右)、左派党(東独共産党+α)、緑の党が議席を持っている。ADFおよび左派党とは他の党は連立を組まない方針なので、大連立以外では過半数を取る組み合わせが成立しないことが多く、現実にメルケル首相も、少数与党か再選挙をしなくていけないかもしれない。

イタリア

首相の正式な名称は、閣僚評議会議長(伊Presidente del Consiglio dei Ministri)である。したがって、イタリアの首相にあえば、ミスター・プレジデントと挨拶しなければならない。ちなみに、フランスでも第四共和制ではそうだった。

首相は、大統領が指名し、議会が承認する。大統領は議会の多数派と関係ない首相を任命しても良い。現実に、2011年11月16日〜 2013年4月28日まで続いたマリオ・モンティ内閣は、政治家が誰もいない内閣で、戦前の日本でよくあった軍人と官僚の内閣のようなものだった。

下院は、上下院ともに完全比例代表制であるが、下院は得票率が首位となった政党(政党連合)が340議席(定数の約54%)に達しなかった場合、340議席が無条件に与えられる。したがって、過半数を占める党派がいないことはない。オリーブの木というリベラル・左派連合もこのような制度を背景に生まれたものだ。

上院においては、各州ごとに得票率首位の政党(政党連合)に、その州に配分される議員の55%が与えられる。

スペイン

国王に推挙された首相候補が下院において施政演説を行い、絶対多数の信任を受けた時に国王はその候補者を首相に任命できる。

国王が下院の各会派のトップを呼び協議を行なう(スペイン憲法第99条第1項)

・国王が首相候補者を指名する(スペイン憲法第99条第1項)

・指名を受けた候補者は下院に対して、施政方針演説を行ない、下院の絶対多数の信任を求める(スペイン憲法第99条第2項)

・下院から信任を得た候補者は、国王がその者を首相に任命する。信任が得られなかった場合は、48時間の後に、再び評決が行なわれる。この時は下院の単純多数の信任で足りる。それでも信任の議決がない場合は、ほかの候補者が指名される(スペイン憲法第99条第3項・4項)。普通、国王は本人の承諾なしには指名しない。

・首相の最初の表決から2ヶ月の期間が経過してもなお、下院の信任を得られなかった場合は、国王は下院と上院を解散する。

ところが、困ったことに、スペインでは、比例代表制度のために、シングル・イシュー政党や地域政党が多く、過半数の形成は困難である。第一党は保守の国民党であり、社会民主党、左派ポピュリストのポデモスと左派党の連合、右派ポピュリストのシウダノスの4会派が主だったところだが、そのうち二つだけでは、いかなる組み合わせでも過半数にならないのである。
具体的に現在のラホイ政権成立以来の歩みを見てみよう。

2011年11月20日の総選挙で、過半数を大きく上回る186議席を獲得し、社会労働党に76議席の差をつける歴史的な圧勝を果たす。12月20日、下院にてナバーラ住民連合(UPN)とアストゥリアス市民フォーラム(FAC)の支持も得て首相に指名される。

2015年12月の総選挙で国民党は第1党を維持したが議席を減らし、下院の過半数を維持できず、連立協議は不調で、ラホイはフェリペ6世から首相候補となるよう要請されたが、辞退。社会労働党のサンチェス書記長の首班指名は否決される。

2016年5月、国王が上下両院を解散し再選挙することとし、6月26日に議会総選挙が執行され、国民党は第1党を維持したものの過半数は得られなかった。10月23日に社会労働党が信任投票で棄権することを発表しラホイ政権は信任されることとなり、11月3日に新内閣が発足し10ヶ月間に及ぶ暫定的政権は終わりを迎えた。

2017年6月14日に内閣不信任決議案を賛成82、反対170票、棄権97票で否決。
国会の解散については、とくに制約はない。

<スペイン憲法第115条>
内閣総理大臣は、閣議の事前の審議の後、その固有の責任の下において、下院、上院または国会の解散を具申することができるものとし、国王がこれを決裁するものとする。解散の勅令は、選挙の日付を定めるものとする。解散の具申は、不信任決議案が懸案中は、これを提出することができない。第99条第5項に定められた場合を除き、解散後1年を経過する前に、新たな解散を行わないものとする。

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八幡 和郎
評論家、歴史作家、徳島文理大学教授

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