白鵬の相撲が評価されないのは常陸山の亡霊がゆえ

2017年12月01日 22:00

Facebookで相撲の騒動で、貴乃花批判をしたら大変なことになった。

中国などにとって眼の上にタンコブ的な日本とモンゴルの良い関係を悪くしたいと思われる人と、モンゴル人力士がともかく嫌いという国粋主義者のネトウヨの両方から攻撃を受けて炎上した。

いまの日本にとって相撲の最大の価値は、モンゴルとの友好関係に役立っていることかと思うが、保守系の人までがその効用を忘れているのは困る。少なくとも、モンゴルの世論が日本に対して悪い印象を持つような収め方は勘弁して欲しい。

それはともかくとして、40回も優勝している大横綱である白鵬の相撲や態度に酷いことをいう人がいて心外だ。相撲の歴史なども日本人の横綱などより、よほどよく勉強して礼儀正しいと思うし、日本の国にも敬意をはらっているのだから、批判はちょっとどうかと思うのだが、それは横において、まずは、相撲そのものだ。

もともと、白鵬は突っ張りとか張り手とか相手と離れて相撲を取ることを好むし、最近は衰えもあって、意外な技も繰り出す。それに対して、横綱相撲でないと批判する人がいる。

第19代横綱・常陸山(Wikipedia:編集部)

そういう人たちにとっての理想は、双葉山であり大鵬なのだが、それ以上の存在が、明治時代の常陸山という横綱だ。

この人の相撲はいわゆる受けて立つというスタイルで、恵まれた体格と筋肉の力で圧倒的な強さを発揮した。それに近いのが昭和前半の双葉山であり大鵬だ。

ものが分からん人は彼らのようなスタイルでなければ横綱らしくないという。

もう一方で、日本人が評価するのは、小兵にもかかわらず技とか気力で悲壮感を漂わせながら頑張るイメージの横綱だ。栃錦、初代若乃花、貴乃花などがそうだ。

そういうタイプ以外の相撲で強いとだいたい叩かれる。白鵬に対する攻撃はそういうところから来ているようだが、史上最強の力士と言われる雷電はそういう相撲が得意で、強すぎるので、「鉄砲(突っ張り)」「張り手」「閂」「鯖折り」を禁じ手とされたという。

太刀山などという横綱もそういうタイプだったし、白鵬もそうだ。

あるいは、北の富士など、引く相撲が多いと言って批判されていたが、足の動きが速い北の富士がそれを活かした相撲を取るのがなぜ悪いのか理解できなかった。

私は常陸山タイプの相撲は好きでない。要するに、「負けない相撲」なのだ。立ち会いの突進や変化をしのいで捕まえたら、あとは、身体の大きさとか力で安全に時間をかけてひねり潰すような相撲のどこが面白いのか。強弱がはっきりして面白くなくなってしまう。私は白鵬の相撲は、スピードと躍動感があって、けっこう意外性も発揮されることもあり良いと思う。大鵬よりずっと面白い。

貴乃花は元水泳選手だった親父ゆずりで肺活量とか背筋力があるのだろう。それがゆえに、長い相撲になると、太った相手が息切れするとか、土俵際で残すのが得意だったが、それは別に気力や技量でなく、そういう身体的な特質だったからだと思う。

それはそれでユニークだったが、スピード感のなさに物足りなさを感じた。先代若乃花も同じ系統だ。

栃錦の技は面白かったが、そんなに強かったわけでない。それに絆創膏を一杯はって醜かった。

私は白鵬の気合いがこもって、ワイルドに力強く、意外性もある相撲は好きだし、大相撲の伝統に反してているわけでもないと思う。

悪くいう人は、結局、外国人が強いのがいやなのだろう。

(ここで日馬富士事件はテーマにしていないので間違えないでください)

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八幡 和郎
評論家、歴史作家、徳島文理大学教授

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