文大統領の「心こめた謝罪」とは何?

長谷川 良

韓国の文在寅大統領は10日、青瓦台(大統領府)で開いた新年の記者会見で日韓両国で合意済みの慰安婦問題に言及し、日韓合意の破棄や再交渉を求めない意向を表明し、日本政府が元慰安婦への経済支援のために設立した財団「和解・癒やし財団」へ拠出した10億円を返還せず、同額の金額を韓国側も拠出し、その処理方法を日本と今後協議していきたいと述べた。

▲慰安婦の1人に謝罪する文在寅大統領(2018年1月4日、韓国大統領府公式サイトから)

▲慰安婦の1人に謝罪する文在寅大統領(2018年1月4日、韓国大統領府公式サイトから)

韓国の聯合ニュースによれば、文大統領はその上で、「日本が心こめて謝罪してこそ(被害者の)おばあさんたちも日本を許すことができ、それが完全な慰安婦問題の解決だと思う」と指摘。その上で「政府が被害者を排除し、条件と条件をやり取りして解決できる問題ではない」と強調している。問題が多い発言だ。

先ず、「心こめた謝罪」だ。非常に主観的、文学的な表現だ。宗教指導者や学校教師ならば通用するかもしれないが、一国の大統領が「あなたの謝罪には心がこもっていない」といって相手国を批判すれば、外交上、非礼に当たる。「心こめた謝罪」を要求された相手国は戸惑うことは必至だ。

外交官は外交文書をまとめる時、一字一字を吟味し、誤解が生まれてこないように頭を悩ます。そして出来上がった外交文書には絶対、文大統領の「心こもった謝罪」といった類の外交表現は見つからないだろう。そんな文面を明記すれば、作成後、関係国間で議論を呼び、誤解を誘発することは目に見えているからだ。

外交文書はドライだとよく言われる。だからといって、心を込めた文面を書けば、誤解を生み出し、紛争を誘発させる危険性も出てくるのだ。外交文書が冷たい表現に終始するのは仕方がないことだ。

文大統領は以前人権弁護士だったから、文学的な修辞に長けているのかもしれないが、大統領となった以上、外交文書がどのようなプロセスでまとめられていくかを忘れないでほしい。同大統領の「心こもった謝罪」発言は外交世界を知らない人間が発信すればひょっとしたら理解を得るかもしれないが、大統領が発言すれば、幼稚な表現と受け取られ、外交舞台裏で冷笑を買うだけだ。

旧日本軍の慰安婦問題では、日本側は過去、何度か謝罪表明してきた。2015年12月には日韓合意が達成された。外交上、この議題は既に解決済みだ。それを後日、国内事情などから文句をいって外交上合意した内容の破棄を示唆などすれば、「韓国は2等国家」ということを内外に宣伝することになりかねない。世界有数の工業国家でもある韓国はそのような汚名を受けないようにすべきだ。

日本の人気作家・村上春樹氏は共同通信社とのインタビューの中で、「ただ歴史認識の問題はすごく大事なことで、ちゃんと謝ることが大切だと僕は思う。相手国が『すっきりしたわけじゃないけれど、それだけ謝ってくれたから、わかりました、もういいでしょう』と言うまで謝るしかないんじゃないかな」という趣旨の発言をして韓国で歓迎されたことがある(「日本は韓国の『誰』に謝罪すべきか」2015年4月26日参考)。文大統領が村上氏の発言を聞いたら、泣き出すほど喜ぶかもしれない。しかし、村上氏は文学者だ。文大統領は政治家だ。

謝罪は乱発するものではなく、消費財でもない。「相手側がわかりました。もういいでしょう」というまで謝罪すべきだという村上氏の謝罪論は、「謝罪表明」という本来深刻な行為の純度を薄めることになり、ひいては謝罪の相手を侮辱することにもなる。

文大統領にとって問題は、「謝罪されても許したくない」という大統領自身の歪んだ思想世界だろう。「心こもった謝罪」を要求する文大統領は図らずもその本音を暴露してしまったわけだ。

参考までに、文大統領は昨年11月、ベトナムを訪問した時、ベトナム戦争で派遣された韓国兵士のベトナム人女性への性的蛮行や「ライダイハン韓国兵とベトナム人女性の間で生まれた子供たち)」問題について、最後まで沈黙を守った。文大統領はベトナム国民にいつ「心こもった謝罪」を表明したのだろうか。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2018年1月11日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。