米聖職者の性犯罪が突き付けた課題

2018年08月23日 11:30

ローマ法王フランシスコは20日、世界の信者宛てに書簡を送り、その中で米ペンシルべニア教区で発生した聖職者の未成年者への性的虐待事件について謝罪を表明する一方、信者たちに「聖職者の性犯罪撲滅で連携して戦ってほしい」と呼びかけた。枢機卿宛てでも司教宛てでもない。法王の信者宛て書簡は異例だが、それだけ、ローマ法王は米教会の聖職者の性犯罪の規模に衝撃を受けていることが推測できる。

映画「パウロ、キリストの使徒」の公式ポスター

米ペンシルベニア州のローマ・カトリック教会で300人以上の聖職者が過去70年、1000人以上の未成年者に対し性的虐待を行っていたことが14日、州大陪審の報告書で明らかになった。州大陪審は2年間余り調査を行い、900頁に及ぶ報告者をまとめた。報告書には、聖職者の性犯罪だけではなく、教会が性犯罪を犯した聖職者を組織的に隠蔽してきた事実も記述してある。

フランシスコ法王は4頁にわたる書簡の中で、聖職者の性犯罪をはっきりと「犯罪」と断言している。とすれば、世界のローマ・カトリック教会の最高責任者、ペテロの後継者ローマ法王に責任問題が出てくるが、その点については何も言及せず、謝罪と連帯を呼びかけるだけで終始している。アイルランド教会の時とその反応は大きくは違わない。

2000年前のイエスの教えを伝え、多くの聖人たちを輩出したカトリック教会だが、その一方で多くの不祥事を繰り返してきた。5年前にローマ法王に選出されたフランシスコ法王は、「過去の亡霊たちを追放し、教会を近代化するために就任した」と述べたことを思い出す(「バチカンに住む『亡霊』の正体は」2018年5月30日参考)。

例えば、フランシスコ法王が財務省長官に任命したバチカンのナンバー3、ジョージ・ペル枢機卿は今、故郷のメルボルンで2件の性犯罪容疑で公判を受ける身だ。枢機卿といえば、ローマ法王に次いで高位聖職者。その枢機卿や司教たちが性犯罪を犯しているのだ。神父や修道僧たちが性犯罪を犯しても、もはや驚かない(「カトリック教会は解体すべきだった」2018年8月17日参考)。

キリスト教会はイエスの十字架を信じれば救われると主張してきたが、その教えを語る聖職者が未成年者に性的虐待を繰り返してきた。これは何を意味するのだろうか。フランシスコ法王は書簡の中で、「聖職者の性犯罪の犠牲者の痛みや嘆きは天まで届いている」と記している。

パウロは「ローマ人への手紙」第7章の中で、「私は、内なる人としては神の律法を喜んでいるが、私の肢体には別の律法があって、私の心の法則に対して戦いを挑み、そして、肢体に存在するする罪の法則の中に、私をとりこしているのを見る。私は、なんというみじめな人間なのだろうか」と嘆いている。有名な“パウロの嘆き”だ。

米教会の聖職者の性犯罪報告は、パウロの嘆きを思い出させると共に、イエスの十字架救済がやはり完全な救いをもたらしていないという事実を実証している。聖職者が未成年者への性的虐待をするのはパウロがいう「肢体の律法」の虜になった結果だ。

フランシスコ法王は信者宛てに書簡を送り、謝罪を繰り返すが、今取るべきことは聖職者の独身性の廃止などの対策だろう。具体的な改革なくして謝罪していても効果がないばかりか、教会の信頼性を益々失っていくだけだ。聖職者に家庭を築くことができる道を開き、神を家庭の中で証する生活が求められているのではないか。

24人のイタリア女性たちがフランシスコ法王宛てに公開書簡を送り、その中で聖職者の独身制の廃止を請願したことがある。24人の女性は神父や修道僧の愛人であり、密かに同棲生活をしてきた女性たちだ(「神父たちの愛人が『独身制廃止』要求」2014年5月21日参考)。

カトリック教会では通常、「イエスがそうであったように」という理由で、結婚を断念し、生涯、独身で神に仕えてきた。しかし、キリスト教史を振り返ると、1651年のオスナブリュクの公会議の報告の中で、当時の多くの聖職者たちは特定の女性と内縁関係を結んでいたことが明らかになっている。

カトリック教会の現行の独身制は1139年の第2ラテラン公会議に遡る。聖職者に子供が生まれれば、遺産相続問題が生じる。それを回避し、教会の財産を保護する経済的理由が(聖職者の独身制の)背景にあったという。

教会にとってさらに重要な課題は、カトリック教義の中核をなす「イエスの十字架救済論」の見直しだろう。繰り返すが、イエスの十字架を信じたとしても、「肢体の律法」に翻弄されているのならば、その人は完全には救われたとはいえない。この「現実」から目を背けるべきではないだろう。

イエスの十字架救済論を修正した場合、カトリック教義の土台が崩れるが、イエスは教会を建設し、それを運営するために降臨されたわけではないはずだ。

メル・ギブソン監督の映画「パッション」(2004年)でイエス・キリスト役を演じた米俳優ジェームズ・カヴィーゼルが新作「パウロ、キリストの使徒」(アンドリュー・ハイアット監督)で「ルカによる福音書」「使徒行伝」の著者であるルカの役を演じている。パウロ役はジェームズ・フォークナー。近代神学の基礎を築いた聖パウロと使徒ルカの交流を通じてネロ皇帝時代のキリスト者迫害下でイエスの教えを伝える2人の姿が描かれているという。

ユダヤ教から出発し、人間の無力さと神の恩寵を強調したキリスト教神学を構築していったパウロの歩みを振り返りながら、イエスが降臨された目的とその生涯をもう一度見直す必要があるだろう。イエスは本当に33歳で十字架で死ぬために降臨されたのだろうか。

米教会の聖職者の性犯罪がそれらの問題の再考を促す契機となるならば、不祥事にもそれなりの意味が出てくる。ローマ・カトリック教会とローマ法王には残された時間は少ないのだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2018年8月23日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。

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