世界標準の働き方改革 書評「働きがいのある会社」

世界でいちばん働きがいのある会社
マイケル C. ブッシュ & GPTW調査チーム
日経BP社
2018-09-06

 

米国の調査会社GPTW社は20年ほど前から世界58ヵ国で「従業員の働きがい調査」を実施してきた老舗である。同社による最新の働きがいについてのレポートが本書となる。

同社は過去、年一千万人近い従業員にアンケートを実施することで“働きがい”度を調べ、働きがいと企業業績に正の相関関係があることを示してきた。今回はさらに指標を絞り「全員型働きがいのある会社」こそ業績をさらに向上させ、流動的な世界で真価を発揮できる組織マネジメントだと説いたのが本書である。

“全員型働きがい”とは何かというと、たとえば経営陣と一般社員、男性と女性、人種的なマジョリティとマイノリティを比べて、やりがいや組織からの評価、意思決定プロセスへの参画、業務経験の質といった項目でギャップが無い状態を指す。

2017年フォーチュン誌「働きがいのある会社100」の調査では、働きがい指標下位25%の企業の年間売り上げの伸びは3.8%であるのに対し、上位25%企業のそれは13.7%にも達する。

例えば、男性と女性、正社員とパートタイマー、管理職と一般従業員など、カテゴリーによって働くことへの意識にはかなりの差がある。差があるということは、誰もがポジティブな経験をしているわけではなく、組織のために最善を尽くさない人もいる可能性があるということだ。

同時に、私たちはビジネスの新規開拓が求められる時代に突入している。このほぼ未知の領域では、働く人の潜在能力を余すことなく開発することが求められる。なぜなら、人の絆、イノベーション、情熱や性格、協力などの人間的資質を重視する経済では、一人ひとりの従業員が重要だからだ。

従業員である以上は誰であれチームの一員として働いていることに変わりはないわけで、“ギャップ”を放置することはその潜在能力を発揮してもらう機会をみすみす放棄しているようなものなのだ。

またSNSで周囲とつながり多様化した世代と融和するうえでもダイバーシティは無視できない。従業員を罵倒する動画が流出したことでウーバーCEOを辞任することになったカラニックは、90年代までならありふれた「やんちゃな起業家」の一人にすぎなかったろう。過去には普通であってもこれからのルールではそうはいかない。

特にミレニアル世代は、仕事の意義や自己の成長、ワークライフバランスに関して、様々な考え方を持っている。人材開発に注力し、あらゆる背景や経歴の人材を歓迎するという評判は、最高の人材を集め、定着させるのにますます重要になっている。つまり新しいビジネス環境の中で、組織はすべての人にとって優れた文化をつくっていくことが求められる。

と書くと「多様だから成長したのではなく、成長中だから結果として多様になっただけだ」と思う人もいるかもしれない。本書にはちゃんと「従業員間のギャップ」を埋めることで業績を向上させることに成功した複数の企業例も引用されている。一例をあげるなら、先日、CEOのタイム誌買収で話題となったセールスフォースは、社内の男女間賃金格差の是正に率先して取り組むことで同業他社より高い成長を実現している。

【参考リンク】セールスフォースCEO夫妻、タイム誌買収 212億円(日本経済新聞) 

非常に興味深いのは、そうしたギャップの是正により目先は損をしそうな側(男女間であれば男、白人とマイノリティなら白人)の側もそうした組織を誇りに思い、組織のために積極的に貢献したいと考えるようになる点だ。

そして恐らく、この流れはAI化により急加速することになる。産業革命により「手を雇う」ことが「頭を雇う」ことに置き換えられたように、今後は「心を雇う」ことが主流となるためだ。

サンフランシスコのハイアットで、ルームサービスのスタッフが、滞在中のある夫妻のもとへ食事を運んだ際に話をした。その夜、二人が部屋にいたのは、小康状態の癌を抱えていた夫人が疲れてしまい街に出かけられなかったからだという。

アンディーというそのスタッフは、自分と夫人の音楽の趣味が同じだと知り、その場でフランク・シナトラの歌をうたった。夫妻はアンディーの静かな歌声に感激し、アンコールを求め、別れ際には抱き合い、翌日の夜も来てほしいと頼んだ。アンディーは翌晩も夫妻の部屋を訪れ、今度はトニー・ベネットの歌を披露した。

経営陣と従業員のギャップが埋められることで従業員自身が組織のために貢献したいと願うようになり、そのために自身に何ができるかを創意工夫する意識が生まれ、それを認めるカルチャーが育つことでサービスのものが強化された形だ。これは管理職や経営陣がトップダウンでマネジメントできる話ではない。

本書では、従業員がそうした自律的に動く状態のことを“フロー状態”と呼ぶ。課題に没頭すると同時に能力が高まっている状態だ。「働きがいのある会社」でこのフロー状態が起こりやすいのは、自由に自分の能力を試すことができ、組織に認められていると感じられるためだとする。

要するに働きがいのある会社というのは、各人が潜在能力をフルに発揮できる環境を実現している会社、ということになる。これが同業他社より圧倒的に業績の良い理由である。

読み込めば読み込むほどに示唆に富む箇所が見つかる良書。人事担当はもちろん管理職なら必読の一冊だろう。

以下、私見。

本書はいうなれば「世界の働き方改革の最前線」についての話だ。それから比べると我が国の働き方改革は「19時に一斉消灯」とか「プレミアム(以下略)」とか、もうなんというか3周くらい周回遅れの観がある。

そもそも日本の大企業なんてそこら中ギャップだらけだ。正社員と非正規雇用のギャップ、氷河期世代とバブル世代のギャップ、男女のギャップ……etc

日本の働き方改革にはそうしたギャップに対する具体的なアプローチが一つも含まれていないのだから空恐ろしくなる。

同業のギャラップ社の調査では惨澹たる結果に終わっているから本書の元データでもすごいことになっているのは予想できる(気を使ってか日本国内については「世界標準には遠い」とさらりと流しているが)。

【参考リンク】「熱意ある社員」6%のみ 日本132位、米ギャラップ調査(日本経済新聞)

ただし、日本で実現できないわけではない。最近レビューしたケースで言えば「日本一社員が辞めない会社」がそうで「会社の理念を徹底的に共有することで自律的に動ける人材を育てる」「すべてのベースとして社員との信頼関係を構築する」というのは、まさに全員型働きがいのある会社だと言っていいだろう。

「町工場の全社員が残業ゼロで年収600万円以上もらえる理由」の吉原精工もそうで、売り上げやコストといった数字を毎月張り出すことで経営者と従業人の意識の差を無くし、自律的に働いてもらうことで生産性を向上させている点はそのまま本書に収録してもよいレベルの話だ。

メガバンクのフットワークの悪さを見てもわかるように、やはり会社のために体を張って当たり前のオーナー経営者の有無が企業改革のスピードの差につながるように思われる。


編集部より:この記事は城繁幸氏のブログ「Joe’s Labo」2018年9月20日の記事より転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はJoe’s Laboをご覧ください。