沢田研二はロックじゃない 庶民の老後の楽しみを奪ったジュリーは罪深い

2018年10月19日 11:30


幼い頃から、気になる、グラマラスな男性が3人いた。郷ひろみ、西城秀樹、そして沢田研二である。この写真は、テレビに出演した際に、メイクさんにジュリー風にセットしてもらったときのものである。

私が物心ついた頃の沢田研二は、どんどんエキセントリックになっていた頃で。リアルタイムで流行っていた曲といえば「TOKIO」「おまえにチェックイン」「6番目のユ・ウ・ウ・ツ」などだ。後から知った曲ではあるが「勝手にしやがれ」を聴くとサビに合わせて手をあげてしまう。そういえば、サラリーマン時代には、カラオケで「ストリッパー」を歌いながら脱ぐ上司がいた。その人は、執行役員になった。

その沢田研二が、さいたまスーパーアリーナでの公演をキャンセルして話題になっている。当初は「契約上の問題」という謎の理由が報じられたが、本人の口から「当初、聞いていた人数よりも動員が少なかったため」というコメントが。

SNS上では原発反対の署名運動をやっていたことが会場の使用規定に抵触するからではないかという見解が拡散していた。まず、沢田研二なり、事務所なりはこの見解について、真偽を明らかにしてほしい。デマなら否定するべきだ。真面目に反原発運動をしている人にも迷惑がかかる。会場側もあらぬ疑いをかけられるわけで。

さて、この「人数が少ないのでキャンセル」をどう捉えるか。ジュリーならではの美学なのか、わがままなのか。このように正直に語らないまでも、チケットが売れずにキャンセルになる公演というものはある。「体調不良」などを理由にしれっとキャンセルされる。

アーチストがライブをキャンセルする際の理由は様々である。そういえば、山下達郎は、数年前にライブがだいぶ進んでいたのにも関わらず、声が出ないことを理由にキャンセルした。

もっとも、沢田研二の場合、アクティブなシニアが増えているものの、出かけられなくなるファンもいるわけで。新規のファン獲得ができているようにも思えず。今後もライブを行うにしても、厳しい動員の中でしなければならないことは容易に想像できる。さいたまスーパーアリーナ公演に関してはスタッフも最適な会場選びに失敗したのだろう。率直に、営業も弱かったのではないか。

何より、観客動員が少ない状態でのライブをキャンセルするということについて、申し訳ないが本人はひ弱だと感じた次第だ。芸能の人であって、ロックの人ではない(時代背景からして当然なのだけど)。甘やかされて育ってきたようにしか見えない。

人数が少なくとも、最高のパフォーマンスをするのが、ロックである。そして、ガラガラの会場であれ、大暴れするのがファン道である。

ブレークしたバンドでも、観客よりもメンバーの数が多いというライブを何度も繰り返し、次第に動員を増やしていった。棚橋弘至は、ガラガラの会場でトップロープから飛び続けることで、新日本プロレスを守った。著者のトークイベントでも、人数がわずかでも登壇者同士で激論をし、それが伝説になったりする。

沢田研二の今回の釈明は、苦しい。まだ、体調が悪いと言ってくれた方が救われた。関係者が土下座しても、帰ったとは。みんな、「勝手にしやがれ」とSNSに投稿していたが、私はこう言いたい。あんたの時代はよかった、と。


札幌の先輩、フラットバッカーならこう言うだろう。「いい加減にしなさいよ、今に痛い目に合うわよ」

この伝説のUDOフェスのエントリーを20回くらい読んでから、再起してほしい。

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常見 陽平
千葉商科大学国際教養学部専任講師

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