トヨタのスポーツカー復活に見る、経営センスの冴え

2019年01月19日 06:00

トヨタ、復活「スープラ」初公開 北米自動車ショー開幕(日本経済新聞)

記者会見した豊田章男社長はスープラについて「かつて(トヨタのテストドライバーの頂点に立つ)マスタードライバーになるために数え切れない時間をともに過ごした車だ」と強い思い入れを語り、「スープラが戻ってきた」と両手を広げて復活をアピールした。

スープラの発表でプレゼンする豊田章男社長(トヨタ自動車プレスリリースより)

豊田章男社長が一貫して推進する、スポーツ路線

現在のトヨタ自動車社長、豊田章男氏は言わずと知れた創業者一族の出身である。氏が社長に就任したのは2005年だった。父である章一郎氏が特別扱いしないことを条件に一般社員としてトヨタ自動車に入社を許して以来タタキ上げてきた体の章男氏である。とはいえ社長就任当時は、御曹司社長がどれほどのものか、誰もが“鵜の目鷹の目”で見ていたことは事実だろう。

その氏が社長に就任してから、思えば随分と長い時間が経過した。

リコール問題でアメリカ議会の公聴会に出席するなど修羅場も経験したが、何より氏の社長就任以来を振り返ってみると、モータースポーツやスポーツドライビングを重視する姿勢が一貫していることに気が付かされる。

当初、章男氏がレーシングスーツに身を包みニュルブルクリンク24時間レースなどに参戦するのを見たときには、“旦那道楽”だと決して良い印象は持たなかった。

しかしその後も章男社長は、事あるごとにスポーツドライビングへの愛を公に表現し続けてきた。

章男氏のスポーツカー愛が見せかけでないことは、氏のリーダーシップの元、トヨタ車のスポーツDNAを受け継ぐ、つまり、有り体に言えば草の根の走り屋に愛されてきた”86”、そして今回“スープラ”を復活させたことで実証された。さらに今後、スモールミッドシップの”MR2”さえ復活させるのではと言われている。

レクサスブランドでは、500台限定のLFA(筆者は一度だけ実走する姿を見かけたが、吸気音と排気音が奏でる至高のサウンドをいまだ忘れられない。)もあったし、一昨年には台数が出ないカテゴリーだがスポーツドライビングを堪能できるクーペタイプのLC500も発売された。

“Fun to Drive”に宿る、“スポーツ”という自動車の本質的な提供価値

自動車が提供する価値の中核には、間違いなく“スポーツ“という概念がある。

だが、実はそもそも何をもって“スポーツ“と定義するかという作業が結構難儀なのである。

体を動かすことが必須?ではその強度は?eスポーツは…等々。

でも間違いなくひとつ言えることは、自動車を運転するという行為が単純素朴に楽しいということだ。もっと言えば、それが良くできたクルマであれば、たとえサーキットではない一般道の制限速度内のドライビングであっても、その体験は間違いなく官能的であるはずなのだ。もしまだドライビングの官能を感じたことがない方は、ぜひ高級車でなくても良い、まさにトヨタの86など走りに定評のあるクルマを借りて(最近はカーシェアでも結構な車種が選べる)ドライブに出かけることをお勧めする。

なぜ自動車の運転を機械に任せないのか?と聞かれて

「セックスを機械に任せる人はいないよね。オレは自分で運転がしたいんだよ。」と言ったのは有名レーサーだったか、誰だったか。

とにもかくにも、なかなかな“啖呵”ではある。

CASE<Connected(通信で繋がれた)Autonomous(自動運転)Shared&Services(シェアリング) Electric(電動化)>は間違いなく自動車の未来を示しているだろう。

だがCASEの示す未来は、自動車の家電化、コモディティ化とも背中あわせである。

だから、”Fun to Drive”という自身がかつて使っていたタグラインに込められた価値観を、CASEの時代にこそ再定義し、自動車の根源的な魅力をアピールする必要があるのである。

IT企業や電気メーカーと競合する時代を見据え、歴史的自動車メーカーならでは未来の自動車における”スポーツ”の意味を模索するトヨタ自動車の姿勢は、正しい課題設定に基づく極めてまっとうな経営スタンスである

エモーショナルベネフィットを軽視する、日本のメーカー気質からの脱却

ブランディングの主要な概念に”ファンクショナルベネフィットFunctional Benefit(機能的価値)”と“エモーショナルベネフィットEmotional Benefit(情緒的価値)”という二項があり等しく重要である。しかし、なぜか日本の多くのメーカーは前者を重視しがちで、後者を深堀することが苦手である。

「情緒などというチャラチャラしたものなど知ったことか、オレはひたすらモノづくりに魂を込めるんだ」という気分を感じるのだが、実は機能面で競合優位差がつきにくい成熟した工業社会では、エモーショナルベネフィットこそがブランド力を決めるのである。

自動車のエモーショナルベネフィットを定義することを突き詰めると、ほとんどの場合ブランド独自のスポーツの概念をどう定義するかと同義になる。

例えばトヨタグループと世界市場で真っ向勝負のフォルクスワーゲングループは、”ブガッティ“、”ベントレー“、”ランボルギーニ“、”ポルシェ“”アウディ“という、きらぼしのごとき高付加価値ブランドをラインナップしているが、それぞれのブランドで”スポーツ“の定義を微妙に変えている。そしてその差異こそが、ブランド価値にお金を払う顧客を惹きつけ、自動車会社にとっては利益の源泉となるわけだ。

トヨタをはじめとする日本の自動車メーカーは、長年モノのまっとうさを評価されながらも、ブランド価値では欧米ブランドに一段劣ると見なされてきた。単純に言えば、戦前からの自動車文化をもつ欧米諸国では、とにかくモーターレース活動の実績が、より長くて多いほうがえらいのである。いかに”スポーツ”と自動車が切り離せないかの証左でもある。

だが豊田章男社長が自ら唱道するように、トヨタをはじめとする日本メーカーもすでに立派な歴史と実績が積みあがっている。むしろ欧米のメーカーのように、ブランド自体に歴史があっても往々にして経営権が断絶していたり、売り買いされたものでないことは、間違いなく豊田自動織機から連綿と続いてきたトヨタブランドの強みであろう。

近い将来に来るであろうCASEの時代に、自動車がエレベーターのようなものにならないためにも、運転する喜びを知り提供する会社として頑張って欲しいと考える。

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秋月 涼佑
ブランドプロデューサー

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