ローマ法王ヨハネ・パウロ2世の27年間の在位中、東欧のポーランド教会は欧州教会で最も影響力を有する教会とみられてきた。そのポーランド教会でも過去、聖職者による未成年者への性的虐待事件が発生していたが、ヨハネ・パウロ2世在位中は公に報じられることはなかった。
冷戦時代、ポーランド統一労働者党(共産党)の最高指導者ウォイチェフ・ヤルゼルスキ大統領でさえ、「我が国はカトリック教国だ」と認めざるを得なかった。そのポーランドでクラクフ出身のカロル・ボイチワ大司教(故ヨハネ・パウロ2世)が1978年、455年ぶりに非イタリア人法王として第264代法王に選出された。ポーランドの多くの国民は当時、「神のみ手」を感じたといわれている。
ポーランドは久しく“欧州のカトリック主義の牙城”とみなされ、同国出身のヨハネ・パウロ2世(在位1978年10月~2005年4月)の名誉を傷つけたり、批判や中傷は最大のタブーとなった。だから、同教会で聖職者の性犯罪があったという報告はこれまで一度も正式に公表されなかった。聖職者の性犯罪が生じなかったのではなく、教会側がその事実を隠蔽してきたからだ。
その沈黙の壁を破ったのは、このコラムでも報じたが、聖職者の性犯罪を描いた映画「聖職者」(Kler)だ。同国の著名な映画監督ヴォイチェフ・スマジョフスキ氏の最新映画だ。小児性愛(ペドフィリア)の神父が侵す性犯罪を描いた映画は昨年9月に上演されて以来、500万人以上を動員した大ヒットとなった。それに呼応して、教会の聖職者の性犯罪隠ぺいに対して批判の声が高まっていったわけだ。
カトリック教会は同映画の制作を阻止するために、撮影を妨害するなどさまざまな圧力を行使したが、映画に対する国民の関心はそれを吹っ飛ばした(「欧州の牙城『ポーランド教会』の告白」2018年11月23日参考)。
ボストンのローマ・カトリック教会聖職者による未成年者性的虐待の実態を暴露した米紙ボストン・グローブの取材実話を描いた映画「スポットライト」は第88回アカデミー作品賞、脚本賞を受賞したが、スマジョフスキ監督の「聖職者」はポーランド版「スポットライト」と呼ばれた。
同国教会の春季司教会議が12日から3日間の日程でワルシャワで開催された。スタニスラフ・ガデツキ司教会議議長は最終日の14日、1990年から2018年の過去28年間の聖職者による未成年者への性的虐待件数を公表した。
バチカン放送が15日報じたところによると、382人の未成年者が性的虐待を受けた。そのうち、15歳以下は198人。そのほか、243人の犠牲者が報告されているが、未確認として処理されている。
確認済と未確認済み合わせて625人の未成年者の犠牲者の58・4%は男性、41・6%は女性だ。そのうち、4分の3の件数は教会内の処罰が下されている。性犯罪を犯した聖職者の4人に1人は聖職をはく奪され、全体の40%は聖職を停止されるか、警告を受け、未成年者と接触する仕事から追放された。犠牲者の42%は教会側に性的虐待を受けたことを自ら通達し、21%は家族が教会側に通達している。そのほか、6%は警察当局から、5%はメディアから事件を知らされている。
ポーランド司教会議は教区、修道院に聖職者の性犯罪に対して調査し、教会の統計事務所と司教会議が設置した教会保護センターが連携して集めたデータの真偽を分析、今回の聖職者の性犯罪報告を作成した経緯がある。
ちなみに、ワルシャワで開催された春季司教会議にはバチカンからナンバー2の国務長官パロリン枢機卿が参加した。ポーランド司教会議は今年で創設100年を迎え、同時にポーランドとバチカンの外交関係樹立30周年を迎えた。同国司教会議のメンバーは155人で欧州最大規模を誇る。同国人口約3842万人(2017年現在)のうち、約3300万人がカトリック信者として登録している。
同国教会の聖職者による未成年者への性的虐待報告は、欧州カトリック教会の牙城と言われてきたポーランドのカトリック主義の崩壊を意味するだけではなく、「空を飛ぶ法王」と言われ、世界中の信者ばかりか、政治家からも愛され、尊敬されてきたヨハネ・パウロ2世の27年間の長期任期について、これまでとは違った視点で再考しなければならないことを教えている。
故ヨハネ・パウロ2世が冷戦時代の終焉に大きな功績があったことは事実だが、今回公表された聖職者の性犯罪のほとんどがヨハネ・パウロ2世時代に起きているという事実があるからだ。
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「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2019年3月18日の記事に一部加筆。