ポーランドのローマ・カトリック教会は共産政権時代でも大きな影響力と権威を誇ってきた。ポーランド統一労働者党(共産党)の最高指導者ウォイチェフ・ヤルゼルスキ大統領でさえも「わが国はカトリック教国だ」と認めざるを得なかったほどだ。
そのポーランドでクラクフ出身のカロル・ボイチワ大司教(故ヨハネ・パウロ2世)が1978年、455年ぶりに非イタリア人法王として第264代法王に選出されたのは決して偶然ではなかった。「神のみ手」と信じる信者たちが当時ポーランドでは多かった(「ヤルゼルスキ氏の『敗北宣言』」2014年5月27日参考)。
ポーランドは過去、3国(プロイセン、ロシア、オーストリア)に分断されるなど、民族の悲劇を体験してきた国だ。ポーランド民族にとってカトリック教会は心の支えであり、熱心な聖母マリア崇拝もそのような歴史から生まれてきたわけだ。
そのポーランドで聖職者の未成年者への性的虐待が過去、発生し、教会側はその事実を隠蔽してきたことが明らかになった。まさに、「ポーランドよ、お前もか」といった大きな衝撃を欧州教会に投じた。
ポーランド司教会議は19日夜、同国南部チェンストホヴァの会合後、聖職者による性的虐待問題を認め、犠牲者、その家族、教会関係者に謝罪する声明文を公表した。曰く、「残念なことだが、ポーランドでも聖職者の未成年者への性的虐待が行われていた。原因や件数を把握するために情報を収集していく。聖職者の性犯罪は重い罪であり、犯罪だ」と指摘し、犠牲者に「どうか報告してほしい」と呼び掛けた。
ポーランド教会の「罪の告白」は、自主的なものというより、認めざるを得なくなった、というのが事実に近いだろう。権威主義の強いポーランド教会を告白に追い込んだのは、同国の著名な映画監督ヴォイチェフ・スマジョフスキ氏(Wojciech Smarzowski)の最新作品「Kler」(聖職者)という映画だ。小児性愛(ペドフィリア)の神父が侵す性犯罪を描いた映画は今年9月末に上演されて以来、500万人以上の国民を動員した大ヒットとなった。同時に、教会に対し、聖職者の性犯罪の事実を公開すべきだという圧力が信者の間からも日増しに高まっていった。ちなみにポーランドでは国民の90%以上がカトリック信者だ。
カトリック教会は同映画が上演されることを阻止するために、撮影を妨害するなどさまざまな圧力を行使してきたが、映画に対する国民の関心はそれを吹っ飛ばすほどだった。スマジョフスキ監督は、「教会指導者は過去、聖職者の性犯罪を隠蔽してきた。教会は責任をもって解決すべきだ」と述べている。
欧州の代表的カトリック教国アイルランドで聖職者の性犯罪が大きな社会問題となったばかりだが、ポーランドは欧州の“カトリック主義の牙城”とみなされてきた。同国出身のヨハネ・パウロ2世(在位1978年10月~2005年4月)の名誉を傷つけたり、批判や中傷は最大のタブーとされた。だから、同国教会で聖職者の性犯罪があったということはこれまで一度も正式には報告されなかった。聖職者の性犯罪が生じなかったのではなく、教会側がその事実を隠蔽してきたからだ。
ちなみに、故ヨハネ・パウロ2世が生前、母国のポーランド出身で米国居住の哲学者である既婚女性と懇意な関係であった。それを裏付ける法王と女性の間で交わされた343通の書簡と多数の写真が見つかったというニュースが流れた。ポーランド教会は当時、ヨハネ・パウロ2世と女性学者の関係を懸命に否定したものだ(「元法王と女性学者の“秘めた交流”」(2016年2月19日参考)。
残念ながら、故ヨハネ・パウロ2世の出身教会、ポーランド教会でも聖職者の未成年者への性的虐待事件が多発していた。この事実を同国教会が今月初めて認めたわけだ。画期的な出来事だ。その最大の功績は「聖職者」という映画だったわけだ。
ボストンのローマ・カトリック教会聖職者による未成年者性的虐待の実態を暴露した米紙ボストン・グローブの取材実話を描いた映画「スポットライト」(トム・マッカーシー監督)は第88回アカデミー賞作品賞、脚本賞を受賞したが、スマジョフスキ監督の「聖職者」はポーランド版「スポットライト」と呼べるだろう(「『スポットライト』は神父必見映画だ」2016年3月4日参考)。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2018年11月23日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。