亡くなった小山智史さんは「英雄」ではないか

篠田 英朗

川崎市登戸の殺傷事件に大きなショックを受けた。私は、高校まで、川崎市多摩区の学校に通っていた。登戸駅は数限りなく使ってきた。しかも、亡くなられた小山智史さんは、私が勤める東京外大の卒業生だ。他人事とは思えない。あまりに悲しい。

事故現場に行って、献花し、ご冥福をお祈りした。他にも沢山の人が花を捧げ、合掌していた。

篠田氏Facebookより:編集部

そこで感じたことがある。他のコメンテーターが言っていないようなので、声を大にして言いたい。亡くなられた小山智史さんは、「英雄」と呼ぶべき存在なのではないか。

小山さんは、たとえば9・11のときに、テロリストに抵抗し、4機目の攻撃を防いだユナイテッド航空93便の乗客たちのように、アメリカなどだったら、「英雄(hero)」と呼ばれるだろう人物なのではないか。

9.11ユナイテッド航空93便の「英雄たち」、墜落現場に慰霊碑(AFP通信)

小山さんは、犯人から、まずまっ先に刺されたという。犯人は、子どもたちの列を狙っていたにもかかわらず、小山さんから襲った。犯人は、抵抗されると厄介な男性の保護者から狙ったのだ。

現場で死亡した小山さんには、4か所もの刺し傷があったという。複数回刺されたのは小山さんだけだったようだ。まず真っ先に背中から刺されたにもかかわらず、さらに3か所もの刺し傷があったのは、小山さんが、犯人を止めようとしたからではないか。「子供を必死に守っていたことがうかがえます」という証言も報道されている。

少なくとも小山さんの存在が、数秒間の間、盾となった。瞬間の違いであったかもしれない。それにしても、子どもたちが逃げ始めることができるように、小山さんが、犯人を引き寄せた時間帯があった。傷を負ったが、致命傷は避けられた16人の子どもたちにとって、その時間帯は、大きな意味があったかもしれない。犯人による19人に対する22回の攻撃のうち、最初の4回までが小山さんに対するものだった。攻撃の18%までを、小山さん一人が受け止めたのだ。

生前、外務省の職員募集パンフレットで仕事のやりがいを語っていた小山さん(パンフより:編集部)

小山さんの娘さんは無傷で助かっているという。それを知って、小山さんは、天国で安堵していることだろう。霞が関に出勤する前に、世田谷の自宅から反対方向の川崎市まで来て通学に付き添って良かった、娘を守ることができた、そう天国で思っていることだろう。

栗林華子さんが犠牲になってしまったことは、小山さんにとっては痛恨の極みではあるだろう。しかし、もし小山さんがいなかったら、もっと恐ろしい事態になっていたはずだ。

小山さんのお嬢様に申し上げたい。

「お父様は英雄です。もしお父様があの場にいなったら、もっと犠牲者がたくさん出ていたと思います。お父様の英雄的な行動が、たくさんの命を救ったと思います。もしお父様が、スクールバスを一緒に待って並んでくれていなかったら、そして貴方を守り、多くの人々を逃がすために、素手で盾になって犯人に時間を使わせていなかったら、もっと沢山の命が失われていました。多くの人々が、貴方のお父様を決して忘れず、感謝し続けていきます。お父様を誇りに思い続けてください。貴方のお父様は素晴らしい英雄です。」

安倍首相は、子どもの通学路の安全確保を点検するように指示したという。それを受けた官僚たちが、一人で登下校しているケースがないかチェックした、などという報道もあった。

情けない。

なぜ集団でバスを待っていて列を作っていた子どもたちが襲われたのに、一人で登下校している子どもがいないかチェックして、「私は仕事をしました」などと言おうとしている官僚がいるのか。同じ官僚の仲間が、4か所もの刺し傷を受けながら、捨て身で子どもたちを守ろうとしたというのに。

欧米と比して、日本の子どもたちは脆弱な状態で登下校している。日本では集団登下校が推奨されている反面、保護者の送り迎えがほとんど行われていない。

【小学生の送迎】過保護なイギリス人と安全意識の低い日本人(The Lighthouse Keeper) 

むしろカリタス学園は、素晴らしかった。最後に犯人を立ち去らせたのは、勇気あるバスの運転手の行動だった。また、小山さんと、もう1人の重傷を負った女性の方の2人の保護者で、攻撃の最初の23%を受け止めた。

保護者による子どもたちの送り迎えの体制を整え、奨励するべきだ。そして、できる限り子どもの保護者からの引き渡し及び保護者への受け渡しを、確証していくべきだ。「働き方改革」の議論の中にも入れ込んでいくべきだ。

そう言うと、「保護者が送り迎えできない子どもがいたら可哀そう」「ローテ制になって一部の親だけに負担がかかるのではないか」などと言う人が現れるのだろう。

しかし、それは悪平等を基準にした間違った考え方だ。

4か所も刺されて犯人の攻撃の最初の18%を受け止めてから遂に倒れた小山さんという一人の保護者が、ぎりぎりの状況の中でも救った命があったことを、よく想像してみるべきだ。

仮に保護者が迎えに来てくれない子どもがいるとしても、その他の子どもの保護者がいる方が、誰もいないより良い。

小山さんの英雄的行動を、無駄にしてはいけない。

篠田 英朗(しのだ  ひであき)東京外国語大学総合国際学研究院教授
1968年生まれ。専門は国際関係論。早稲田大学卒業後、ロンドン大学で国際関係学Ph.D.取得。広島大学平和科学研究センター准教授などを経て、現職。著書に『ほんとうの憲法』(ちくま新書)『集団的自衛権の思想史』(風行社、読売・吉野作造賞受賞)、『平和構築と法の支配』(創文社、大佛次郎論壇賞受賞)、『「国家主権」という思想』(勁草書房、サントリー学芸賞受賞)など。篠田英朗の研究室