個人情報保護法と遺伝子差別禁止法

今日は、彦根まで往復してきた。内閣府「AIホスピタルプロジェクト」での倫理的法的社会的問題を検討する委員会の委員長に就任していただいた滋賀大学の位田学長に、現状の倫理的な課題を報告することと今後のプロジェクトに関連する倫理課題などについてご説明に伺ってきた。 

滋賀大学は彦根城に隣接している。私の曾祖母が彦根の近くに住んでいたので、彦根には、墓参り時や夏休みに訪れる機会も多かったし、彦根城近くの琵琶湖の遊泳場で幾度となく泳いだ記憶がある。彦根城を眺めると何十年前の母親との思い出が蘇ってくる(なぜか、父はあまり登場しない)。そんな感傷的な気持ちを抱きながらの彦根訪問であった。

人工知能ホスピタルプロジェクトは、種々の観点から個人情報の扱いを考えていかねばならない。個人情報保護法は個人情報を有効活用してわれわれの生活を改善していくために守るべき情報を規定したと思っていたが、すべての情報を何が何でも保護すべしと捉えられているのが、日本の現状だ。

医療では、個人個人間の多様性(がんは100人いれば、がんの性質は100通りあると言っても過言ではない)を考慮して、最適の治療薬・治療法を提供することが求められる。このような多様性を理解するには、膨大なデータを解析することが不可欠である。患者さんと話をすれば、大半の方が、個別化医療は大切だし、自分に合った治療薬を提供して欲しいので、データを集めることは重要だと回答される。

しかし、日本ではデータを収集することが極めて難しい。このブログでも何度となく取り上げているが、社会全体の利益と不利益を客観的に、冷静に評価することができない文化的背景が横たわっている。感染症ワクチンでも、重篤な副反応が起こると、これでもか、これでもかと騒ぎ立て、結果として社会全体としての不利益を引き起こす。風疹ワクチン、麻疹(はしか)ワクチンなどの接種が一時的に止まり、日本は感染症後進国となっている。「羹に懲りて膾を吹く」のチグハグな施策となっている。年金の問題もそうだが、現実を直視しつつ、未来の在り方をみんなで考えていくことが必要だ。

日本は、高齢化社会の医療、医療費の増加の抑制などに待ったなしで対応しなければならない。もし、診断直後から最適な治療薬の提供(オーダーメイド医療)ができれば、治療期間は短縮され、医療費は節約でき、患者さんの社会復帰は早まり、労働人口の確保につながる。この単純な発想を実現するには、大きなデータが必要だ。

個別化医療の実現には、多くの方の協力が必要だ。もちろん遺伝子情報の利用は不可欠だ。米国の遺伝子差別禁止法は遺伝子を医療に有効に活用するために、遺伝子情報による差別をしたものに罰則規定が設けられた。正しく使うためには。正しく利用しない人たちへの抑止策が欠かせない。

1996年にオーダーメイド医療を提唱した時には変人扱いされ、2003年に東大の医科学研究所でバイオバンクを始めた時にも「遺伝子差別」をキーワードに大逆風が吹いた。その頃は血気盛んだったが、今は、階段を走って降りる時に脚力の衰え意識せざるを得ない状況だ。逆風に立ち向かう精神力も体力も残されていない。人工知能を組み入れた近未来の医療がどうあるべきなのか、皆さんに支えられて推進していくしか道はない。老いか、成熟かわからないが、20年前の自分でない自分がいる。


編集部より:この記事は、医学者、中村祐輔氏のブログ「中村祐輔のこれでいいのか日本の医療」2019年6月19日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、こちらをご覧ください。