香港「条例改正案」撤回も抗議デモが終わらない理由(訂正あり)

2019年09月05日 20:00

【編集部より 6日11:00】 ソース元にしていた現地報道がデモ隊の要求で受け入れた範囲について一部誤りがあることが判明しましたので、本稿は6日朝に一時非公開の上、内容を訂正し再掲載いたしました。


香港の林鄭月娥行政長官は4日、「逃亡犯条例」改正案の正式撤回を発表した。しかし一部のデモ参加者に対する暴動罪での起訴取り下げや民主的な選挙の実現など他の4項目の要求は受け入れられないと言明した。

抗議側のリーダーの一人黄之鋒はすぐ「余りに小さく、余りに遅い」と反応した。抗議デモは収まりそうにないが、香港デモを報じた3日のNHK「クローズアップ現代」にそのヒントがある。若者に容赦なく警棒を振り下ろす警察の暴力性にも驚くが、逮捕を恐れて多くのデモ参加者が取材に応じないというのだ。

黄之鋒氏FB、林鄭月娥行政長官FBより:編集部

海外に香港の窮状を訴えたいのはやまやまだろう。が、200万人にも及ぶデモ参加者の内、今や1000人を超えたといわれる逮捕者の一人になりたくない気持ちは十二分に理解できる。名の知れた黄之鋒や周庭を直ぐに釈放したのは演出だ。名もない多くの逮捕者が酷い扱いを受けていないかと胸が痛む。

抗議側の「5大要求」は、①逃亡犯条例改正案の完全撤回、②市民活動を「暴動」とする政府見解撤回、③デモ参加者の逮捕・起訴の中止、④警察の暴力的制圧の責任追及と外部調査実施、⑤民主的選挙実現だ。が、今回は①だけが譲られたに過ぎない。⑤は最終目標としても、〜④200万人の中から新たな逮捕者を出さないためにも断固譲れまい

黃之鋒氏ツイッターより:編集部

ではなぜ林鄭長官が突然、一部とはいえ譲歩したのか。それにはここ最近、英国のロイター通信から流された林鄭長官の発言報道などの影響があると思う。まずは30日に、この夏に林鄭長官が中国政府に「5大要求」に関する報告書を出したものの、全てに応じるべきでないと一蹴された、と報じた。

続いて林鄭長官のオフレコと思われる「行政長官としてこのような大混乱を引き起こしたことは許せない」「選択肢があるなら真っ先に辞任して深く謝罪する」、香港の混乱が中国政府の安全保障や統治の問題になり、自分で解決できる余地が「非常に限られている」などの発言をすっぱ抜いた。

これらが意味することをよく考えてみれば、妥協の道を中国政府に閉ざされている林鄭長官は、辞めるに辞められない上、収まる兆しのない抗議デモに対しても出来ることが「非常に限られている」、すなわち強硬策に出るしかない状況であったことが判る。筆者は諌死の途もあると思うが・・。

その証拠に8月27日には「緊急状況規則条例」の発動に言及、一旦は強硬姿勢を見せた。同条例は政庁が抗議デモを「緊急事態」と判断すれば、デモや通信、経済活動や人の移動などを議会承認なしに制限できる。が、深圳での中国軍の訓練画像放映と同様、むしろ抗議デモの火に油を注いだ。

結果、9月3日に林鄭長官は「ここ3か月、香港を助けるために私と私のチームはとどまらなければならないと何度も自分に言い聞かせた」と愚痴り、中国政府への辞任申し出も「考えたこともない」と強がった。中国国務院報道官は「我々香港特別行政区を率いる林鄭長官を断固支持する」と述べ、監視しているゾ、と脅した

余りに明白なことだが今回の一部譲歩も中国の意を受けたものだ。よく考えれば中国は、逃亡犯条例改正などせずとも、拉致して8ヵ月も中国で拘束した銅鑼湾書店店長の様にどうにでもできる。これでは抗議デモは終わらない。

さて、香港特別行政区にこの問題を民主的に解決する能力がない以上、自由と民主主義と法の支配を信奉するこちら側の自由主義社会としては、この事態にどう対処すべきか、そして何ができるだろうか。先般のG7では、香港の自治を擁護することと平静であるべきこと、が成果文書で呼び掛けられた。

まるで「屁」のようだが何もしないよりましで、中国外務省の副報道局長が「繰り返し強調してきたように、香港問題は純粋に中国の国内問題であり、外国のいかなる政府、団体、または個人にも介入する権利はない」と述べ、「強い不満」を表明した。お定まりの「内政干渉はやめよ」だ。

だがちょっと待ってもらいたい。「現代国際法講義」(有斐閣)には、「(人道のための干渉は)伝統的には、国家が自国内の少数民族や異民族を人種・宗教などの相違の為に迫害する場合に、その中止を求め、時には武力を用いて介入することを正当化する論拠として援用された」と書いてある。

「今日でも重大な人権侵害に対する干渉は適法であるとの主張もみられる」ともある。トランプ大統領がツイートで8月15日に初めて香港に触れた時、「まずは香港と人道的にやったらどうか!」と書いたのには、誰に教わったかは知らぬが、こうした知識の裏付けがあるのかも。

貿易交渉への影響に言及しつつ、「人道的な方法」で香港デモを解決するよう中国をけん制するトランプ大統領(VOAニュースより:編集部)

香港人の大半が隣接する広東省からの移入者であることは、日常語が広東語なのでそこへ逃げた主人公の台湾語(福建語に近い)が全く通じなかった、と邱永漢が「香港」に書いていることからも知れる。Wikipediaには、香港人は100年以上前の太平天国の乱や辛亥革命などの動乱のたびに難民としてここに流れ込んだとある。

そして香港は1997年までの99年間、自由主義国家英国の植民地だったし、その後の20年間も曲がりなりにも「一国二制度」の下、共産党一党独裁の大陸とは一線が画された体制の下で暮らしてきた。言い換えれば、そうした期間は香港人アイデンティティーが潜在的にしか育まれない状況にあった。

だが、台湾人アイデンティティーが二二八事件に端を発した国民党の白色テロを経て醸成されていったように、この抗議デモが全市民の3割近くまで参加する規模になり、武装警官には暴力を受けたうえ千人もの逮捕者が出るとなれば、潜在していた香港人アイデンティティーが顕在化しないはずがない

何を言いたいかと言えば、香港人はそのアイデンティティーをさらに強く主張し、大陸の人種とは異なる少数民族であると強弁するべきではないかということだ。台湾人も然り。面の皮の厚い中国や韓国の日頃の強弁に比べれば、よっぽど歴史的に裏付けられた根拠がある。

その上で国際法に於ける「人道的干渉」の記述を盾に、香港や台湾に対する中国の圧迫をウイグルにおける人権問題などと同列に置き、重要な人道違反・人権侵害の問題として強調する。そうして事あるごとに西側社会が挙って、中国の人権侵害を非難するのだ。牽強気味だが中国には堪えるはずだ。

筆者の思いはほどほどにし、4日のFox Newsが報じた「Trump is making a big mistake on Hong Kong – Here’s what he should do to support protesters トランプは香港について大きなミスを犯している:抗議者を支援するために彼がすべきことはこれだ(拙訳)」という、John Yooカリフォルニア大学バークレー法学校教授のコラムを紹介し本稿を結ぶ。

そこで述べられている支援策のうち以下が筆者の興味を惹いた。

  • 大統領は移民法を活用して香港の企業や市民の米国移住を歓迎すると宣言できる。
  • 香港にある銀行や企業に移転を奨励することにより、中国からその利点を排除することができる。
  • 米国は香港の経済的及び知的指導者を、自由が保護される地に迎えることができる。

香港人の移住については8月半ばに台湾が、「香港市民は、関連法に則り台湾での居住申請を行うことができる。申請があった場合には人道的配慮に基づき個別に対応する」との姿勢を示した。先述の香港銅鑼湾書店の元店長にも1ヵ月間の台湾滞在を許可し、必要なら長期の滞在を申請できるとしている。

富裕層なら米国、豪州、カナダ、シンガポールとお望み次第Fox News記事のようにできようが、一般の香港人には台湾が相応しいと筆者は思う。いずれにせよ香港の混乱は、少なくとも中国が「5代要求」の②〜④も受け入れ、⑤は1984年9月の「英中共同宣言」まで戻らない限り、収まることはなかろう。

参考拙稿
日本は香港市民や台湾の側に立つ意思を表明すべし
香港問題:サッチャー元首相vs.富坂聰氏の紙上討論

高橋 克己 在野の近現代史研究家
メーカー在職中は海外展開やM&Aなどを担当。台湾勤務中に日本統治時代の遺骨を納めた慰霊塔や日本人学校の移転問題に関わったのを機にライフワークとして東アジア近現代史を研究している。

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