【編集部より】森ゆうこ氏の質問通告騒動が、旧態依然とした国会や霞が関の問題を顕在化させましたが、記者クラブメディアの大半は、騒動のきっかけとなった現職官僚のものとみられるツイッターの告発騒動などを十分に伝えておらず、森氏サイドの言い分をベースにした報道が目立ちます。そこでアゴラ編集部では20日から、霞が関で働く皆さんから匿名での投稿による意見を募集しております(募集告知はこちら)。
第1弾は即日で応募くださったある官庁勤務の40代課長補佐のかたです。現職のかたならではのリアルな視点、森ゆうこ氏ら野党だけでなく与党側のこれまでの対応にも課題があると指摘されます。
霞が関で少しでも国会対応したことのある人間なら自明すぎて、わざわざ意見を「募集」するようなことでもないくらい周知のことだと思いますが、せっかくの機会ですので意見表明させていただきます。
0.まず、野党は、「6野党ヒアリング」などと称して役人を呼びつけ(突然であることが多いです)、しかもインターネットで中継もさせるという人権無視の扱いもしていますので、質問通告の内容がツイッター等で流されるのは、悪く言えば因果応報、よく言っても、インターネット時代の必然、ではないかと思います。今回のような台風がなくとも、理不尽と受け止められるような事態が発生すればツイッターその他で炎上するのは時間の問題ではありましたしこれまでもありました。
1.質問通告の遅れは、野党のみならず与党においてすらあり得ます。このため、本件を与党が問題視すれば、与党議員の通告が遅れた場合に、野党から攻撃されることになるため、質問通告の問題を与野党で議論するという機運が生まれにくいという構造もあります。
2.与党議員ですら通告が遅れるのは、もとより議員の「質」に問題があることもありますが、本質的には、国会における与野党の議論が「日程闘争」に陥っているからです。
すなわち、予算でいえば70~80時間、法案でいえば重要議案であれば20時間前後、など一定の審議日数が経過すれば採決するという相場観があります。このため、予算・法案に対する審議の内容の如何を問わず、与党議員にあっては質疑時間をただこなすことにエネルギーが割かれ、野党議員にあっては、「質疑に入らせない」「質疑を進めさせない」「採決させない」(さらに言えば、大きな議案の場合は、慣例により公聴会が開かれることもあるため、「公聴会を開かせない」)といったように審議日程を進めさせないことにエネルギーが割かれます。
3.このように、「日程闘争」が与野党間のかけひきの中心に据えられているため、【委員会での審議日程をあらかじめ合意しておく】ということが日本の国会ではできていません。多くの場合、直前に決まります。委員会のセットが直前であれば、質問通告は当然のことながらそれよりも後になります。委員会のセットが前日になるのであれば、今回のように、質問通告は前日の夕方にならざるを得ず、多くの職員は待機を余儀なくされます。この問題は森議員にかぎらず、与党議員においても同じです。つまり、今回は台風があったため同情も呼びやすく騒動になりましたが、元来あった構造的な問題が顕在化したにすぎません。
なお、与党議員の場合、与党の理事から質問予定者に対し質問に立つことが内々伝えられ、場合によっては、委員会がセットされるよりも以前に通告してくださる議員もいます。野党議員の場合、与野党間で日程闘争をしているさなかに質問通告すれば、委員会を開き審議してもよいと内心思っていると受け取られかねないので、あらかじめ通告のみしておくということになりにくいです。(以上は与野党議員の一般的傾向なので、必ずも全員がそうではありません。ただ、野党議員の質問通告がおくれがちになるのは一般的傾向だと思われます。)
4.このような「日程闘争」は国民にとってはどうでもいいことですが、マスコミにも問題はあります。予算の年度内成立に冷や汗をかかせたら野党の見せ場、余裕で年度内成立させたら与党の勝ちといった具合に分析する大手紙の政治部の記事(たいていは与野党の国対筋のオフレココメントの垂れ流し)にも大いに問題があります。
5.国会の日程は与野党間の合意を経て決めるのが慣例ですので、「日程」には野党に事実上の拒否権があります。むやみやたらとこの拒否権を発動すれば世論は「野党はなにやってんだ」となりますので、ソフトな拒否権です。与党も、野党が「日程」に反対であるのにもかかわらず強引に審議を進めるのはよくないと考えがちなので、この拒否権が実効性をもってしまっています。
6.そして、「日程に対する野党の拒否権」を効果的に利用するために、「大臣の答弁に問題/誤りがあれば謝罪しない限り次の日程審議に移れない」といった具合に、野党は難癖をつけてきますので(もちろん、鬼の首を取ったかの如く騒ぐマスコミがいるからなのですが)、答弁書の作成はとてつもなく気を遣うものになってしまいます。大臣にお任せ、というわけにもいきません。なぜなら言葉尻をとらえられるような事態が発生した場合、たいていの場合、野党議員は「審議ができない」といって寝てしまい、審議が進まず、会期が限られている中では予算や法案が通らなくなる可能性が生じてしまいます。
国会には、「議事録修正」という仕組みもありますが、大臣の言い間違いを、後日、議事録修正するには野党理事の了解をもらわないといけないので、事実上不可能な場合が多いです。
野党議員も人間ですしリソースも限られています。予算や法案の中身を追及しても政府側から一定の反論があり平行線になりますので、 政府与党を追い詰めるためには、 あの手この手で日程について嫌がらせをするほうが、容易に法案の可決を遅らせることができます。逆に、日程闘争をしなければいけないがゆえに、予算・法案の中身に対する勉強がおろそかになるという構造もあります。予算・法案の採決の際に「反対討論」というものがありますが、たいていは、予算・法案の中身ではなく政府与党の「姿勢」に対してのものであることが何よりの証拠です。
質問通告が遅かった場合には答弁などしなくてよい、と指摘する人もいますが、行政府としては、提出している予算や法案がスムーズに通ることが重要なので、通告が遅い場合であっても、とりあえず誠実(に見えるように)答弁して審議を円滑に進めてもらう必要があります。
7.今回の森議員の場合は予算委員会でしたが、国会の慣例として、予算が提出されていなくとも、予算委員会→各所管委員会所信質疑→法案質疑と順を追って審議を進めていくことになっていますので、最初の予算委員会が円滑に進むことは、特に法案提出を予定している省庁にとっては死活的に重要です。
8.森議員の質問通告問題は、表面的には、同議員の霞が関の役人に対する嫌がらせと受け止められがちですが、以上のような構造的問題があります。
9.与野党の駆け引きが「日程闘争」ばかりになってしまっている問題の本質として、与党の事前審査制を問題視する向きもありますが、私は必ずしもそうは思いません。日本は議院内閣制ですので、内閣提出予算・法案に対し与党から物言いがつくことは想定されていません。
もちろん、憲法上排除はされていませんし、内閣提出法案に対し、国会提出後に野党との協議や、世論からの批判を踏まえて修正される前例もないわけではありません。しかし、多くの場合、「なんで法案提出する時点からしっかりしてなかったんだ」と言われないよう、事前に与党と協議しないと行政の予見可能性が失われてしまいます。
やはり、多くの場合は、事前審査をしっかりしていただくように段取りを考えるのが通常の霞が関の仕事のやり方であり、国会における修正を前提としたプロセスに代わることは適当でなく、それを望む霞が関の役人もいないと思います。
また、与野党議員への根回しは副大臣や政務官など政治家がやればいいという意見もあります。でも、役所の立場からすれば、なにもわかっていない副大臣や政務官が勝手に与野党協議を持ち掛け、政府案を修正するなど悪夢です。その政策を執行するのは当の我々行政府であり、しょせん1、2年で交代する当該副大臣・政務官は何も責任を取りません。
10.一番の解決策は、丁寧な答弁書などなくとも当意即妙に答弁できる政治家を大臣にすることです。ですが、「在庫」大臣も処遇しないといけないようですので、なかなかそうもいきません。
11.次に、国会における答弁を事後的に簡易な手続きで修正できる仕組みに改めることが可能になれば、多くのことが解決します。
まず、答弁書を作成する際に神経を使わない(=夜中まで時間をかけなくてすむ)ですみます。あとで修正すればすみますので。
次に、委員会で大臣の誤った答弁を引き出すために遅い通告・不明瞭な通告を出すインセンティブが少なくなります。事後的な修正が不適当で委員会の現場でしっかり大臣に答弁してほしければしっかり通告すればいいのです。
12.第三に、日程をあらかじめ決められるようにすることです。国会においては、日程はその都度与野党間で決めることになっていますが、地方議会は、半年くらい先まで、議案の提出、委員会審議、採決まで、決めてしまっています。前日にならないと決まらないなんて馬鹿なことはやっていません。
14.この12.13は、簡単なようですが、野党が政権に対して意地悪する貴重な武器を失うことになりますので、野党はそれを手放さないと思います。
15.重要なことは、日程闘争や、大臣の揚げ足取りばかりにあけくれている野党議員に対し、しっかり政策の中身を審議しろ!とマスコミが監視することではないでしょうか。
某官庁勤務 40代課長補佐