だれも身銭を切らなかったから停滞した日本 〜『身銭を切れ』

2020年01月03日 06:00

ナシーム・ニコラス・タレブの新著の翻訳『身銭を切れ』が出版された。「リスクを生きる」人だけが知っている人生の本質。原題は、『SKIN IN THE GAME』で、そのものずばり自己資金投資だ。

『身銭を切れ』の書影と著者ナシーム・ニコラス・タレブ(Amazonサイト、Wikipediaより)

タレブの言っていることは、今までの著作と一貫して変わらない。

現代性の由々しき側面とは、理解するよりも説明するほうが得意な人間がうじゃうじゃと増殖しているという点だ。(P37)

みんながみんな、レントシーキングを追ってしまい、社会は脆弱になっているのだ。日本のビジネスモデルは、ゼネコン方式がスタンダードになっているので、下請けにリスクを押し付け、その上がりを受け取るようになってしまっている。説明するほうが得意な人間がうじゃうじゃしている光景は日本企業の至る所にある。

決して善をひけらかすな

アドバイスが間違っていた場合の罰則が存在しないかぎり、アドバイスを生業としている人間のアドバイスは真に受けるな。(P52)

と辛辣だし、これはここ数十年の日本経済や日本企業にも大いに当てはまるだろう。

タレブが投資銀行の仕事をしていたとき、規制の数が多かれば多いほど、規制を逆手に取り、金儲けをするのは楽だったという。そしてその経験から、「見えざる手」が現代の精神に組み込まれていないことを不思議に思うというのだ。

日本はとくに、渡瀬裕哉さんの言うように、「下駄をはいた連中を引きずり降ろして、平場で競争させることが大事」なのだろう。平場にいない人間の言う善を信じてはならない。

個人が行き先を知る必要はない。市場が知っているから。(P165)

決してレントシーキングを行うな

政治家や公務員といった公的な立場にいた人間は、金融業界などにとって有利な規制を作り、のちに日本郵政のような団体に天下る。

また、サラリーマンがなぜ魅力的でなくなってしまうのか。雇われ期間の長い人間は、従順であるという強烈な証拠を発している。サラリーマンは従順に飼いならされた犬なのだ。

リスクを冒し、ビジネスを立ち上げろ

私生活と知的意見が矛盾した場合、その人の私生活ではなく知的意見のほうが無効になる。(P323)

真の研究を行うには、まず実世界で本業を持つべきだ。そのあいだに独自のアイデアを練っていくのだ。(P258)

タレブが言いたいことは、じつにシンプルだ。

リスク・テイクは最高の善だ。世の中には起業家が必要なのだ。(P330)

破滅を完全に避けつつも、リスクを愛することはできる。

合理性とはシステムの破綻を防ぐことである。

リスク・テイクを避ける傾向は、アメリカでも問題になっているようだけれど、ビジネスにおいてリスクをとらないという意味では、日本のほうが深刻だろう。

前著とちがい、日本の記述は一切なくなっていた。規制でがんじがらめになって老いてゆく元大国は、タレブの目にはどのように映っているのだろうか。

さいごに、個人的に印象に残ったタレブからの箴言をいくつか。

学問の世界は、(身銭を切らない人々のせいで)抑制を失うと、自己参照を繰り返す儀式的な論文発表ゲームに変わっていく。(P254)

アイビー・リーグ所属の大学は、アジア系の新たな上流階級にとって、究極のぜいたく品ととらえつつあるのだ。

「友だち」を作りたいなら、金持ちは金を持っていることを隠したほうがいい。学識や学歴も隠したほうがいい。地位や知識で相手の上に立とうとしない人としか、本当の友にだちはなれない。(P297)

わたしたちが、友だちを作りにくくなる理由がよくわかる。

中沢 良平

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中沢 良平
元教員、ギジュツ系個人事業主

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