ヘイトスピーチより放置できないヘイト規制論(下)

2020年02月18日 06:00

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東京都内の反韓デモ(Wikipediaより:編集部で一部加工)

国籍と人種の混同

ヘイトスピーチ対策論では概念・用語が整理されないまま各々が一方的に主張するため議論が混乱しやすい。特に混乱を招いているのは「国籍」「人種」の二つであり、両者は一緒くたに議論されている。

ヘイトスピーチが問題視される理由の一つとして本人の意思では変更不可能な属性への攻撃だからである。しかし国籍は変えられる。もちろん国籍の変更は重大な決断を伴うものだから安易に論じてはならないが、やはり変更できるのである。

国籍は変更できる以上「変更したほうがあなたにとって利益がありますよ」とか「変更したほう利益があるのに何故しないのか」という指摘は避けられない。

一方、人種は変更できないものである。「人種を変える」なんて言葉を聞いたら誰でも背筋が凍るはずである。

そして我々日本人はあまり国籍と人種の違いについて意識しない。

中村修二氏(Wikipedia)

例えば2014年にノーベル賞を受賞した中村修二氏は日本のマスコミでは「日本人」として紹介されたが中村氏は受賞時には米国籍を取得しており、日本の国籍法では外国籍の取得と同時に日本国籍が消滅するから中村氏は「アメリカ人」になるのだが、我々日本人は中村氏を同じ日本人とみなしたし、中村氏も日本人の意識を失っていなかった。

中村氏の件を契機に「二重国籍」が一時議論されたが、これは人種の問題ともいえないか。

中村氏は「日本人」という人種意識を捨てなかった、いや、人種は変わらないという意識があったからこそ日本人として日本のマスコミのインタビューに答えたのである。

中村氏の事例を見ても人種と国籍は別々でも両立できるし、我々日本人はそのことに矛盾を感じない。

この事実はヘイトスピーチ対策を考えるうえで極めて重要である。

在日コリアンから「コリア系日本人」へ

ヘイトスピーチは在日コリアンに集中しており単なる人種差別の問題ではない。

在日コリアンへのヘイトスピーチが集中する理由はネットの発達によりデマが共有されやすくなったとか色々挙げられるが、最大の理由は在日コリアンの「被害者」性が低下したからではないか。

戦後の混乱期に貧困に耐え抜きながら日本に渡ってきた第一世代はともかく第二世代以降はどうしても「日本定住の利益を享受しているのではないか」とみられてしまう。

この視点は一面、差別かもしれないが日本に定住しているからこそ徴兵制など平均的韓国人が担う「義務」や軍事政権下の「弾圧」を回避できたのは紛れもない事実である。

だから直ちに日本国籍を取得すべきだという結論にはならないが、在日コリアンの日本社会の位置づけを再検討することは許される。

実際、彼(女)らの発言を聞くと当惑することが多い。

例えばBuzzFeed Japanは差別を論ずる記事で在日3世の女性の声をとして「私は日本生まれ、日本育ちで、日本の学校に行ったので韓国語はしゃべれません。」と紹介している。

最初にこの記事を読んだ筆者の感想を率直に言おう。「彼女は日本人である」

こうした感想も差別なのかもしれないが、では「彼女は外国人である」という感想はどうなのか。「日本で生まれて日本で育ち、日本の学校に行き、韓国語が喋れず日本語を生活言語としている人間」を外国人扱いすることに肯定的な意味は含まれているのだろうか。

仮に含まれているとしても「彼女は日本人である」という性質は否定できまい。

もはや第二世代以降の在日コリアンは「日本在住の外国人」の域を超えており「在日」という言葉自体、相当程度、形式化している。

だから必要なのは「日本人」と「韓国人・朝鮮人」の性質を調和させることである。

この記事の執筆者が言うように「どこの国にルーツを持つか、自分で変えることはできない」のだからルーツを尊重した表現を使用すれば良い。

それは「コリア系日本人」である。韓国人・朝鮮人という「人種」を維持しつつ「国籍」は日本人とすることである。

「〇〇系アメリカ人」という表現は日本では普通に受け入れられているから「コリア系日本人」も問題ないはずである。

日本社会に在日コリアンを迎えたいならば「コリア系日本人」の概念を容認・定着させることである。

「コリア系日本人」を法的概念(=国籍法改正)とするのか社会的概念に留めるのかは議論の分かれるところだがいずれにしろ導入に向けて動き出す時期にきている。

「人種」「ルーツ」を守れない特別永住者制度

acworks/写真AC

在日コリアンを考えるうえで必ずでてくるのが特別永住者制度である。「特別」という言葉のせいで何か「特権」を付与するものと誤解されているが、もちろんそんなことはない。

とはいえ特別永住者制度が「コリア系日本人」の障害になるのは明らかである。

「コリア系日本人」の概念の普及推進とともに10年程度の移行期間を設けたうえで特別永住者制度を廃止すれば相当程度の在日コリアンは日本国籍を取得し「コリア系日本人」になるのではないか。特別永住者制度を廃止した場合、思いきって帰国する在日コリアンは極少派と思われる。

実際、在日コリアンの数は減っている。在日コリアンの多くが日本国籍を取得している。減少傾向に歯止めがかかる気配もない。減少傾向に歯止めがかからないという事実は特別永住者制度では韓国人・朝鮮人という「人種」「ルーツ」は守れないということである。

「人種」「ルーツ」を守りたいならば特別永住者制度ではなく「コリア系日本人」の方が良い。

忘れてはならないのは特別永住者制度とはあくまで「制度」であり「権利」ではないのである。機能不全になった制度を廃止することは差別でもなんでもない。

そして特別永住者制度を廃止すればヘイトスピーチの議論も著しく変わるだろう。

議論の「量」は減り、それに合わせて「規制」の声も聞こえなくなるだろう。

ヘイト規制派に要注意

最後にヘイトスピーチ対策論の混乱について触れたい。

ヘイトスピーチはあくまで本人の意思では変更不可能な属性への攻撃である。日本では在日コリアンへのヘイトスピーチが問題になったためか外国人の人種について攻撃することがヘイトスピーチになってしまった。

しかし、ヘイトスピーチの原義を考えれば外国人に限らず日本人も含まれずはずである。「在日コリアンを血まつりにしろ」は差別で「日本人を血まつりにしろ」が差別ではないなんてあり得ない話である。

写真AC

日本人差別を否定する言説は日本国内での流血を伴う民族紛争を望んでいると言われても仕方がない。

他にも「日本人は多数派だから日本人へのヘイトスピーチは成立しない」といった具合に人種人口の違いでヘイトスピーチを語る者がいるが「人種差別撤廃条約」を読んでも人種人口の記述はないし、あるわけがない。

なによりもヘイトスピーチの定義に人種人口を加えることは極めて危険である。

今後、少子化の加速により日本人が「地域の少数派」になる可能性が高く、ヘイトスピーチの定義に人種人口を加えることは日本人差別・民族衝突を誘発する恐れがある

ヘイトスピーチ対策論はともすればあらぬ方向に行く恐れがあり、特に規制派はあらぬ方向に導きかねない勢力だから要注意である。

筆者としてはヘイトスピーチ対策論が特定勢力に主導されないよう今後とも注視していきたい。

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