新型コロナ対策は「平和憲法」の精神で

2020年04月06日 16:10

政府は7日にも、新型インフル特措法にもとづく緊急事態宣言を出すようだ。これによって都道府県知事は法的な自粛要請ができるようになるが、罰則はないので不連続な変化が起こるわけではない。

問題は「緊急事態」という概念にある。これは戦争のような「非常事態」をモデルにしたものだが、ウイルスとの戦いは主権国家の戦争とは違い、ゲリラ戦に近い。それもほとんど無限にいる目に見えないゲリラである。

ベトナム戦争やイラク戦争でわかったように、正規軍がゲリラ(テロリスト)に勝つことはできない。必ず敵は生き残り、新たな戦線で攻撃してくるからだ。同じように人類がウイルスに勝つことはできない。特に新型コロナのようにこれほど世界に広がったウイルスを撲滅することは不可能である。

必要なのはウイルスと戦うことではなく、それと平和共存する憲法第9条の精神である。敵はすでに国内を侵略しているので、必要なのは戦争を放棄して敵と共存することだ。それによって一定の国民が風邪を引き、一部は肺炎で死ぬだろう。これ自体は避けられないことで、インフルエンザや子宮頸癌でも毎年、数千人が死んでいる。コロナだけに特別のコストをかける理由はない。

感染症の専門家、山本太郎氏もいうように、

集団内で一定以上の割合の人が免疫を獲得すれば流行は終わる。今、めざすべきことは、被害を最小限に抑えつつ、私たち人類が集団としての免疫を獲得することです。

ウィルスと共存することは愉快な体験ではないが、それ以外の道はない。集団免疫の閾値は基本再生産数の増加関数なので、コロナのように感染力の強いウイルスは、多くの人が免疫をもって「人間の壁」になるまで流行が終わらない。

多くの国で観察されているようにコロナの基本再生産数が平均2.5だとすると、日本人の60%(7500万人)が免疫をもつまで感染の拡大は止まらない。一時的にそれを抑え込んでも、世界全体では46億人が感染するまで終わらないが、それを恐れる必要はない。問題は感染者数ではなく、死者を減らすことである。

夏になればウイルスは減るかもしれないが、絶滅することはないので、また秋から冬にかけて流行するだろう。「ワクチンができれば解決する」という人がいるが、ワクチンこそ集団免疫を獲得する手段なのだ。

コロナ対策は経済問題

集団免疫戦略は「ノーガード戦法」ではない。「必要最小限度の防衛力」は保持しなければならない。重症患者の数を医療資源の範囲内に抑えるには、流行のピーク時には自粛で感染速度を落とす必要がある。この点で今まで日本の防疫対策は成功しており、失敗した欧米のロックダウンを見習う必要はない。

ただし日本の対策がなぜ成功しているかについては分析が必要である。それは日本人の国民性やクラスター対策だけではなく、昨年末から(弱毒性の)ウイルスが入って集団免疫ができていたためかもしれないし、BCG接種で重症化しないためかもしれない。

こういう幸運が原因だったとすると、今までの日本の防疫対策を過信するのは危険である。「第二波」の大流行が来たら、人海戦術のクラスターつぶしでは対応できない。

日本ではコロナ感染の人的被害は大したことないが、経済的被害は大きい。このトレードオフの中で、一定の感染を許容して医療資源の需給をコントロールするオペレーションズ・リサーチの手法も必要になろう。コロナ対策は戦争ではなく、経済問題なのである。

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池田 信夫
アゴラ研究所所長(学術博士)

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