なぜ新型コロナ感染者の貴重な検体が捨てられるのか --- 境田 正樹

2020年06月22日 06:01

境田 正樹   弁護士、東京大学理事(病院担当)

画像は海外でのPCR検査による検体取り扱いの様子(IAEA/flickr)

1. 日本のコロナ対策の課題

4月27日には、国⽴感染症研究所 病原体ゲノム解析研究センターから、「新型コロナウィルス(SARS-CoV-2)のゲノム分⼦疫学調査」が公表され、また、5月21日には、慶應大学等7大学により、共同研究グループ「コロナ制圧タスクフォース」発足されたことが公表されるなど、国内でも様々な意欲的な研究が進められていますが、世界保健機関(WHO)が公開している新型コロナウィルスに関する国別論文数ランキングでは、中国(545本)と米国(411本)に対し、日本の論文数はわずか31本にすぎません。

いくつかの国々では、リアルタイムで新型コロナウィルスに関するデータを悉皆的、かつ網羅的に集め、研究者の英知を結集して解析を行うと同時に、民間企業の有する最先端のITやAIの技術を駆使して、政策立案を行ってきたのに対し、以下に述べる通り、日本では、新型コロナウィルス陽性者の必要十分なデータを収集することができず、また、民間や大学の知や技術を十分に生かすこともできず、さらに十分なエビデンスに基づく政策決定も行うことができませんでした。本稿では、その原因と今後の対策案について考察してみたいと思います。

2. データ収集の必要性

世界中で、新型コロナウィルスにより重症呼吸器感染症を生じさせる新型コロナウィルス感染症(COVID-19)についての研究が進められているものの、未だ有効なワクチンは開発されず、COVID-19の発症及び重症化のメカニズムについても明らかになっていません。

COVID-19の発症及び重症化の因子候補としては、①年齢、②血液型、③生活習慣(喫煙癖、飲酒癖等)、④新型コロナウィルスに対する抗体獲得の有無、⑤過去の類似ウィルス流行による潜在的獲得免疫の存在の有無、⑥既往症及び基礎疾患(がん、呼吸器疾患、心疾患、肝疾患、慢性腎疾患、糖尿病等)、⑦BCG接種の有無、⑧ヒトゲノムの配列情報、⑨新型コロナウィルスの塩基配列の変異の影響など諸説挙げられていますが、その相関関係(重症化のメカニズムが単一の因子によるものか、複数の因子が複合的に交互作用するのか等)については十分に解明されていません。

この相関関係を解明し、ワクチン、治療薬を開発するためには、新型コロナウィルスに感染した全感染者の上記①~⑨の情報に加え、⑩当該感染者の診療情報(COVID-19の診療に関する検査情報や投薬情報、画像情報含む一切の診療情報)の全てを収集した統合データベース(「COVID-19データバンクセンター」(仮))を新たに創る必要があります。

そして、この統合データベースを元に、感染症学、免疫学、公衆疫学、公衆衛生学、分子血液学、遺伝統計学、生命情報システム科学、ハイパフォーマンスコンピューティング、クリニカルインフォマティクス等の専門家の英知を結集し、上記①~⑨の因子とCOVID-19の発症及び重症化との相関関係についての統合的解析研究を進めることにより、COVID-19の発症や重症化のメカニズムの解明とワクチンや治療薬の開発を進めていく必要があるのです。

3. 現在までに収集されてきた情報

しかしながら、厚生労働省が「新型コロナウィルス感染者等の情報把握・管理支援システム(HER-SYS)」により収集してきた情報は、氏名などの基本情報、問診情報、居所情報、入院情報、居所情報、行動歴など、感染症の発生状況や変化を継続的に監視するためのサーベランスのために必要な情報(感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律施行規則第4条1項)であり、上記①~⑨記載の情報のうち、かなりの部分の大切な情報やその情報を得るための生体試料や検体が収集されていないのです。

実際のところ、上記⑧のヒトゲノムの全塩基配列を調べるためには、感染者の血液などの生体試料が必要となりますが、感染症指定医療機関や大学病院以外の多くの医療機関では、実は、多くの生体試料が廃棄されているのです。もちろん、感染者がご存命で、これからでも同意が得られれば血液採取を行うことは可能ですが、既に亡くなられ火葬された方については、もはや生体試料の収集は不可能です。

また、⑨についても、感染者がPCR検査を実施した際の残余検体が残っていれば、これからでもウィルスの配列情報の解析をすることも可能ですが、やはり感染症指定医療機関以外の多くの医療機関では、PCR検査の残余検体は既に廃棄されており、この解析ももはや不可能です。(もちろん、同一クラスターで同時期に感染した方々については、おそらく同一のウィルス株を保有していると推定されますので、その場合には、例外的に全員のウィルスの配列情報の特定は必要ではないと考えられます。)

このまま十分なデータや必要な生体試料、検体が収集されない状態が続けば、日本国内で、COVID-19の重症化のメカニズムの解明やワクチン、治療薬の開発も難しくなります

また、仮に、今年の秋口に、変異の起きた新たな新型コロナウィルスが蔓延したとしても、これまでに蔓延した新型コロナウィルスの統合データベースのセットがなければ、その比較検証や効果的な対策の立案も難しいという事態になりかねません。

現時点でも、COVID-19の発症度合いや重症化度合いは人種によって異なるとされていますが、今後、海外でワクチンや治療法が開発されたとしても、日本人のデータセットを整備していなければ、果たして日本人にとって有効なのかどうかの検証も難しくなるという可能性もあるのです。

(23日掲載の続きで、今後の対策と小池知事の都知事選公約について述べます)

境田正樹
境田 正樹   弁護士、東京大学理事(病院担当)

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