郵政民営化見直し論議が応えるべき課題 - 池尾和人

2009年10月09日 10:00

私は、郵政公社時代、その「社外理事」というのを務めていました。法的な位置づけは違うのですが、実態的には委員会設置会社における社外取締役のような仕事でした。このときにやや内側から郵政事業をみる機会を得たわけですが、その経験から、小泉政権下での郵政民営化の制度設計は本質的な問題に答えていないという気がしています。

このことは、民営化(2007年10月)以前に、いまは亡き『論座』の2004年12月号に「郵政民営化の『痛み』を示せ」というタイトルの論稿で表明しました。また、『経済セミナー』の2006年10月号にも「郵政民営化--転倒した制度設計」というタイトルの論稿を寄稿しています。日本経済研究センターのセミナーでも話をしました。


今回の郵政民営化見直しの動きには、こうした制度設計の不十分性が招来したものであるという側面があると考えます。ただし、日本郵政が発足した以後については、理事を辞しており、その経営の実態や経緯については全く知りません。マスコミ報道の内容にもほとんど関心がなくなっていたので、最近のことには無知だといった方がよく、それゆえの誤りがこれから書くことにはあるかもしれません。その場合には、是非ご教示下さい。

公社化にせよ、民営化にせよ、それは手段でしかなく、それ自体が目的ではあり得ません。この意味で「民営化に賛成か反対か」という問題設定は不毛なものです。私自身は、郵政改革の目的は「郵政事業を健全に維持・発展させ、国民経済に貢献する(少なくとも負担をかけない)」ことだと考えています。国営の直轄事業の形態のままで、この目的を実現することは不可能だと考えているので、その意味では、民営化は不可欠(必要条件)だと思っていますが、どのような内容の民営化でもいいわけではありません。

日本には数多くの民間企業が存在しますが、そのすべてがうまく行っているわけではなく、おかしな経営をしたり、経営に行き詰まる民間企業もいっぱいあるわけです。この明らかな事実からみて、民営化がすべての問題を自動的に解決するものではないことは自明です。要するに、問題は、民営化は是か非かにあるのではなく、どのような制度設計を行うかにあります。上記の目的実現につながる制度設計になっているのか否かということこそが、問われなければなりません。

郵政問題というと、主として「郵貯(および簡保)」問題だと思いこんでいる人が、金融関係者をはじめとして少なくないとみられます。しかし、郵政問題とは、まずは「郵便」問題であると理解してもらう必要があります。郵政事業の利益の大半は郵貯(および簡保)事業が稼いでいるのが現状ですが、従業員数の配分からみた郵政事業の本体は郵便事業です。それゆえ、まずは郵便事業を健全に維持し、国民経済に少なくとも負担をかけないものとすることはいかにすれば可能か、という課題に応える必要があります。

ところが、この課題はいまやとてつもない難題です。というのは、言うまでもなく、電子メール等が急速に普及し、郵便の利用はどんどん減少していっているからです。こうした状況下で、従来と同じ規模の支店ネットワークと雇用をどうしたら維持できるのでしょう。衰退産業なんだから、普通はドラスティックなリストラが避けがたいのではないでしょうか。国民経済的観点からすると郵便局のネットワークを現状規模で維持する必要があるというのなら、補助金を入れてもらうしかないのではないでしょうか。

もとから採算のとれない赤字地域を含めてユニバーサルサービスを維持する方法として、これまでは信書に関して独占を認め、そこでの超過利益を内部補助として赤字を埋めるという方式がとられてきましたが、この方式の有効性も時間の問題だと考えられます。民間のメール便との競合という話もありますが、そもそもの信書の利用量が電子メール等に押されて減少していくと、独占から得られる超過利益そのものも減少していくからです。

換言すると、みんなが電子メールしか使わなくなりつつある中では、信書への参入自由化はもはやマイナーな問題でしかあり得ません。だったら、ユニバーサルサービス基金を創ればいいのでしょうか。ただし、補助金やユニバーサルサービス基金の導入では、「国民経済に少なくとも負担をかけない」という目的を達成できていないことになります。

それでは、今回の郵政民営化の制度設計では、こうした問題にどのような回答を与えているのでしょうか。驚くべきことかも知れませんが、無回答です。せいぜい郵便局にコンビニを併設する等の多角化によって収益の増強を目指すといったことが主張されているくらいです。この種の多角化は、1980年代後半に日本企業が試みて、惨めに失敗した類のものに過ぎません。郵便事業がどのようにすれば維持・発展させていけるかということについて、何らの特別な考慮もされていないのです。

郵便事業は、いまでも1月から11月まではずっと赤字で、12月の年賀状関連で一挙に収益をあげて、かつかつ収支を維持しているような状態です。この状態で、郵貯(および簡保)事業が完全に切り離されてしまうと、郵便事業(郵便会社と郵便局会社)が数年後には赤字に陥ってしまっても、支えはもうないということになります。そのとき、どうして郵便事業(と雇用)を維持していくのかという答えが与えられていないのです。

これでは、郵便事業に従事している多くの人達が不安に感じるのは当たり前です。郵貯と簡保の株式公開が実現したら、それを花道に西川さんは引退してしまい、その後まで責任をとってくれるわけではない。残された俺たちはどうなるんだということです。時間の問題で郵便事業は赤字になり、リストラを強制されることになるか、国民負担を仰ぐことにしかならないではないかというわけです。こうした当事者の不安が、今般の郵政民営化見直し論議の後押しとなっていると思われます。

もちろん、3事業一体を続けても、いつまでも郵貯や簡保が内部補助を可能にするほどの収益を上げ続けられる保証はないし、郵便事業自体がやせ細っていくという事実が無くなってしまうわけでもない。それゆえ、郵貯・簡保事業の切り離しをやめることは問題の先送りに過ぎない。この意味で、郵政民営化の見直しをいうのであれば、郵便事業をどうしていくつもりなのかについての明確な方針を示すべきです。そうした方針を伴わないような郵政民営化見直し案であれば、郵政事業は再び救われないことになるでしょう。

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