民主党のバラマキ公約は破棄すべきだ - 池田信夫

池田 信夫

松本さんの記事は、経済学でいうと契約理論やゲーム理論で扱う問題です。マニフェストというのは政党が「選挙で勝ったら~をする」と約束する社会契約ですから、政権をとってその政策を実行しなかったら契約違反ですが、罰則がありません。こういう場合、前にも書いたように、約束を破ることが望ましい場合があります。


特に長期契約の場合には、約束してから実行するまでの間に状況が変わるなどの理由で、約束を破ったほうがお互いにとって望ましい場合があります。こういう場合には、再交渉を行なって契約を変更することがパレート効率的になります。ところがマニフェストが守られないことが事前にわかっていると、国民は選挙戦でどの党を選んでいいかわからないので、まじめに投票しない。

このように事後的には望ましい契約の変更(機会主義的な行動)が事前のインセンティブを低下させる問題を「不完備契約」といいます。これをコントロールするために企業が必要になる、というのが、今年ノーベル賞をもらったウィリアムソンの理論です。つまり契約を破った労働者を資本家が解雇するというメカニズムによって、契約の当事者にコミットメントを作り出すわけです。

しかしコミットメントが望ましくない場合もあります。両者ともに事後的に変更したほうがいいのなら、事前の契約を破棄して再交渉するメカニズムもありえます。「日本的取引慣行」と呼ばれるものがこれに相当し、たとえば石油製品や板ガラスなどは、1年間の取引が終わってから価格交渉を行なう慣行がありました。こっちは逆に、モラルハザードを引き起こすリスクが高い。自民党の無原則な政策は、これに相当するでしょう。

したがって契約を場当たり的に変更することは好ましくないが、一定の手続きを定めればよい。そのメカニズムとして有名なのが、マイケル・ジェンセンの企業買収の理論です。企業は労使間で多くの「暗黙の契約」を結んでいるために、事業からの撤退やリストラなどを行なうことがむずかしい。こういう場合、経営者を企業買収(特にLBO)で変更すれば、過去の経緯にとらわれないで事業の効率化ができます。LBOが「約束を破るメカニズム」だというのはジェンセンの言葉です。

こういう意図的な契約違反は、もちろん既存の利害関係者からは反発をまねきます。したがって約束を守るべきか破るべきかは場合によって異なりますが、一般的にいえば、漸進的変化をコントロールするには契約を履行するコミットメントが重要だが、大規模変化の必要な場合には、資本の論理で約束を破るメカニズムが有効です。後者が政治の場合は政権交代に相当します。

日本がいま直面している問題は、大規模変化によって約束を破ることでしょう。特に民主党の子ども手当や農業所得補償などの政策は、社会契約としてもナンセンスな選挙向けのポピュリズムで、守ってほしいと思っている国民も少ない。今のような大規模変化の時期には、過去の経緯はサンクコストとして無視し、バラマキ福祉の約束も破棄して「ゼロベース」で考え直すべきです。97兆円を超えた概算要求は、過去の経緯にこだわっていると危機が迫っていることを示しています。

コメント

  1. satahiro1 より:

    >契約を場当たり的に変更することは好ましくないが、一定の手続きを定めればよい。そのメカニズムとして有名なのが、マイケル・ジェンセンの企業買収の理論です。
    >企業は労使間で多くの「暗黙の契約」を結んでいるために、事業からの撤退やリストラなどを行なうことがむずかしい。こういう場合、経営者を企業買収(特にLBO)で変更すれば、過去の経緯にとらわれないで事業の効率化ができます。LBOが「約束を破るメカニズム」だというのはジェンセンの言葉です。

    http://diamond.jp/series/nagasawa/10073/
    「落ちてくるナイフは掴むな、落ちたナイフを拾え!」破綻会社スポンサーこそ、リスクの少ないM&A

    永沢徹弁護士
    >きちんとした法的処理によって再生をすれば、資金繰りがきちんと確保され、今後の方向性も定まり、事業継続が不可能な事態を避けることは十分可能だ。「破綻しそうだが、まだしていない」というように中途半端に生死の間をさまよっている状態の企業を買収するよりは、ずっとリスクが低く、メリットも多い。

  2. satahiro1 より:

    民主党が今回の選挙に掲げたマニフェストは、被買収会社のリスクを見極めずに企業価値や事業価値を判断・買収額を査定し、結果として、高リスクで高値掴みした、買収家のように見える。

    日本国の”企業価値や”、”事業価値”をキチンと見極め・査定しリスクを判断し上で、マニフェストを掲げるべきあり、民主党の行動は軽率であった、とのそしりは免れないだろう。
    しかし、彼らは野党であり、”破綻会社”の真の経営者である中央官僚の協力が得られない中作成されたマニフェストにさほどの実効性が伴わないとしても多くの人々は、驚きもしないであろう。

    むしろ現在の民主党政権が自分たちのマニフェストと現実の狭間で四苦八苦している様は、政治家として政策を実行しようとする誠意の表れであり、好感を持てるとも、言える。

  3. satahiro1 より:

    民主党にはマニフェスト実行をもう少し・もっと頑張ってもらう、と共に”破綻会社”の経営幹部である中央官僚に対して強制的に真の日本国の財政状態を明らかにさせることや、官僚に食い物にされている、組織、国の財産を白日の下に晒してもらいたいものだ。彼らの怠慢に対して法的責任を求める事も必要とされるだろう。

    永沢氏が言うように民主党は”落ちてくるナイフ”を掴んでしまった。
    彼らは前政権党や中央官僚ら、破綻会社のA級戦犯たちを完全にパージした後の、”落ちたナイフ”を拾うべきであったのだ。

    私たち国民の間にそのような認識が広まれば、マニフェストに拘泥して出来ない・無益・有害な公約を守ることを止めて、民主党が本質的で実質のある、政権運営を行い日本の立て直しを行えるのではなかろうか?

  4. 松本徹三 より:

    satahiro1さんの三つのコメントは、どれも正鵠を得ていると思います。

    「現実がよく見えない状況で作らざるを得なかったマニフェスト」と、「現実」との狭間で四苦八苦している民主党政権の姿を、「政治家としての誠意の表れ」と見て上げて、国民が彼等の「政策転換」を勇気づける寛容さを持てば、少しは良い方向に現実を動かせられるかもしれませんね。